法案成立
所有者不明土地問題の解消を目的とした民法・不動産登記法改正に伴う相続登記の義務化等法案が国会で承認された。令和3年4月28日のことである。それから1カ月ほど経ったころ、筆者は、ある男性から法律相談を受けた。5日前に父親が死亡したが相続人全員で相続放棄したいとのこと。放棄の目的を聞くと、父名義の実家を相続したくないという。「預金は?」と聞くと、どうやら生前中から計画的に減らしてきたようだ。正直、驚いた。予期せぬ相談に、しばらく言葉も出なかった。上記法案と同時に「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」も成立はしたが、要件が厳しく、決して実務で使えそうなものではない。その点、相続放棄制度は国民に保障された申述権である。よほどの理由がない限り裁判所も簡単に否定できない。「なるほど」と感心させられたと同時に強いショックを受けた。後日、このことをSNSで呟いたら、すぐさま複数の同職から、最近同種の相談や依頼を受けたという返事があった。中には、解体費用分に当たる金銭遺産を残して放棄された事例もあったという。
「相続登記の義務化」については、大きな心配がある。義務化が、遺産分割の強制にならないかという点である。それにより意思のない不動産所有者または共有者を生むことになれば、所有者不明土地の解消から見て本末転倒である。世界でも、相続登記を義務化している国はない。むしろ管理清算方式による相続手続自体を早期に進めやすい対策を工夫している。相続登記の履行は、単にその結果に過ぎない。しかも、その移転は、所有意思のある相続人にである。この反対が、遺産分割の長期放置や、冒頭の相続そのものの放棄につながる。一歩間違えれば、火に油を注ぐ政策である。
清算には受け皿が不可欠
事実上の管理清算型の相続手続を実現するためにどうしても不可欠な要素がある。それは、確実に遺産の処分ができることである。金銭遺産ならどのようにでも分けられるし、要らなければどこかに寄付することもできる。物であれば換価するか、廃棄処分ができる。問題は不動産である。以前は、遺産の中でも一番価値の高い財産と言われた土地であるが、近年は、たとえ固定資産評価額が設定されていたとしても、現実はお金に換わらない、いわゆる「負動産」が増加している。
冒頭で紹介した相続放棄の相談も、このような時代背景から発生するものである。そこで、必要な政策としては、国民がどうしても相続することができず売却処分もできない土地(建物は解体することができる)に関しては、国が引き取る制度を確立することである。土地の最終的処分方法が確立されていれば、国民は安心して相続手続を進めることができ、価値の低い遺産の放置は防げる。イギリスやアメリカでは、元々土地は国家からの借り物という概念があるし、欧州各国でも土地所有権の放棄制度は、原則、用意されている。