残置物処理モデル契約条項をどう見るか③ 賃貸借契約解除の事務受任者と保証会社(下)ー中島成弁護士

残置物処理モデル契約条項をどう見るか②より続く

残置物関係事務委託契約の受任者の範囲

 同契約は、賃貸借契約の存続中に賃借人が死亡した場合に、賃貸物件内に残された動産類(残置物)の廃棄や指定された送付先への送付等の事務を受任者に委託するものである。

 残置物関係事務委託契約の受任者についても、解除関係事務委任契約と同様、①賃借人の推定相続人のいずれか、②居住支援法人、居住支援を行う社会福祉法人又は賃貸物件を管理する管理業者のような第三者が考えられる。

 賃貸人自身を受任者にすることを避けるべきであること、管理業者は委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応することが求められることについては、解除関係事務委任契約と同様である。

主観的には価値があるが客観的にはない残置物

 モデル条項では、主観的な価値はあるが客観的には価値の乏しい物などのように、これを換価する市場がなく換価が不可能な場合や、買取りを希望する者が存在しないとまではいえないものの、希望者を募るのに著しい手間を要する場合などのように換価が困難な場合もあり得る。このような場合には、受任者は指定残置物を廃棄することができるものとしている。

金銭の取扱い

 モデル条項では、金銭の取扱いにつき、事務の終了後遅滞なく、換価によって得た金銭及び本物件内にあった金銭を委任者の相続人に返還するものとしている。ただし、いずれについても相続人の存否や所在が明らかでなく、受任者がこれを過失なく知ることができないときは、供託することになると考えられる。

委任事務処理費用

  受任者は、本契約に基づく委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者の相続人に対し、その費用及びその支出の日以後における利息の償還を請求することができる。受任者は、指定残置物又は非指定残置物の換価を行った場合及び本物件内に金銭が存した場合にあっては、委任者の相続人に対し、換価によって得た額及び本物件内に存した金銭の合計額を第1項の費用及び利息に充当した上で残額を返還することができるものとする。

検討:残置物処理費用と保証会社の代位弁済

(事例1.

 物件を管理しているA不動産会社が賃借人と残置物処理契約を結び、処理費用として10万円預かった。ある日、賃借人が死亡しているのが発見され、A不動産会社が遺品廃棄会社に処理を頼んだところ、部屋をカラにするのに50万円かかった。

① 残置物処理費用として10万円預かり、不足分は賃貸借契約の敷金の残りからもらうと残置物処理の契約書で取り決めた場合(賃貸人も署名)、不動産会社Aは、不足している40万円に充てるため、賃貸人から敷金の残りを受け取ることができるか?

 賃貸人は、敷金の残りを賃借人に返還する義務があるので、残置物処理契約においてAに支払うことを賃借人が認める条項を設けていれば、Aは受け取ることができる。

 同条項を設けていなくても、賃借人、A、賃貸人の三者契約で敷金の残りを残置物処理代に充てる条項がある以上、Aが残りの敷金を受け取れると考えられる。

②この場合、保証会社が代位弁済の未回収分を敷金から回収しようとしたとき、Aとどちらが優先するか。

 保証会社は、保証委託契約、保証契約で賃借人との間で、未求償金があるときは、敷金返還請求権を保証会社に譲渡する旨の条項を設けていることが多い。他方、賃借人は、上記残置物処理契約で敷金の残金を残置物処理費用に充てることも承諾している。この場合、賃貸人は、Aに対しては単に敷金残金を処分費用に充てる約束をしているだけだから、敷金返還請求権の二重譲渡とは言いがたい。だから、対抗要件で決せられる問題ではないと考えられる。

 したがって、Aも保証会社も契約上賃貸人に請求でき、早い者勝ちとなる。  

 そして、Aが残金を取得した場合は、保証会社は賃貸人に債務不履行責任による損害賠償請求が可能となり、保証会社が残金を取得した場合、Aが賃貸人に損害賠償請求できると考えられる。なお、Aは、相続人に対しても残置物処理代金を請求できる。

③残置物処理の不足分40万円を不動産会社Aが賃貸人に請求したとする。賃貸人は、はやく原状回復を済ませて次の入居者を募集したいから、40万円を不動産会社Aに支払った。賃貸人が保証会社にこの40万円について代位弁済を請求できるか。

 結果的に賃貸人が40万円負担したものの、本来賃借人から賃貸人に支払われるべき金員ではなく、賃借人が不動産会社Aに支払う金員なので、賃借人の賃貸人に対する債務を保証している保証会社が支払う義務はない。

(事例2. )

 賃貸人と賃借人が、賃貸借契約書の特約欄に、残置物処理モデル条項を書き加える方法で、賃貸人を受任者とする残置物処理契約をし、賃貸人が処理費用として賃借人から10万円預かった。

 ある日、賃借人が死亡しているのが発見され、賃貸人が遺品廃棄会社に処理を頼んだところ、部屋をカラにするのに50万円かかった。

 保証会社は、賃貸人からの40万円の代位弁済金請求に応じる義務があるか。

 残置物処理契約不足金の40万円は、賃借人の賃貸人に対する債務だから、賃貸借契約から生じる債務として、通常は代位弁済する義務があると考えられる。ただし、特に当該不足金を保証対象から除く条項があれば、代位弁済の義務はない。

もう一工夫

 上記モデル契約にも関係条項があるものの、死後賃料滞納が長期間にわたった場合、賃貸人としては賃貸借契約を無催告解除できる場合がある。

 そのため、「賃貸人からの解除通知を受け取る権限」を死後事務委任契約で与えることができれば、賃貸人としては、相続人全員を探す等の手間が省けるので非常に有用である。

 このような解除通知を受領する権限(相続人の受動代理)を、死後事務委任契約で与えることが考えられる。

 なお、受任者は受任に伴う義務(善管注意義務 民法644条)として解除通知を受領したら、相続人にそのことを報告しなければならないと考えられる。

 高齢者に、自分が死んだら賃貸借契約を解除する、と遺言書に書いてもらったらどうか?

 ↓

 そのような遺言内容は法的な効力を生じない。

 遺言内容で法的に有効な範囲は、遺言者が単独で判断して効力を生じさせるのが妥当なもので、例えば、相続分の指定や遺産分割方法の指定、遺言執行者の指定等である(法定遺言事項)。賃貸借契約解除は、賃貸人との合意が必要で、遺言者が単独でできるものではないから、遺言に記載されても法的効力を生じない。

 孤独死等が発生した場合に生じる現状回復費用や、空き室リスクによる損害を一定程度カバーする保険が、近時、損害保険会社等から販売されている。 特に身寄りのない高齢者を入居者とする場合、この保険への加入も検討されることになるだろう。

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