ESG投資は、もはや投資家がグローバルで踏まえるべき課題となった。不動産セクターにおいては、まず環境負荷低減が喫緊の課題と認識され、E(環境)の側面から具体策が進む。一方、コロナ禍で働き方や住環境に変化が起こるなか、S(社会)に対する取組みへの関心が高まり、事業体としては従業員の健康確保など種々の動きが見られる。Eの認証制度が投資家判断の1つとなりつつあるように、Sへの注目度の高まりは不動産投資市場へどのような影響を及ぼすのか、課題と今後の展開を追った。
評価手法の提示で市場拡大が見える S(社会)の取組みに長期資金流入の可能性(上)より続く
高齢者施設市場の拡大は人材確保が焦点
民間アフォーダブル住宅実現は、機動力とDX
他方、社会課題解決に直結するアセットとして資産規模の大きい高齢者施設は、業界の変革期を迎えている。現在、流動化市場の規模は約5200億円まで成長しているが、人材確保の難しさから、事業所の拡大は減速傾向にある。事業者は、サービスなどで差別化が図れる高額帯施設へ事業を振り向けており、全体の市場成長率は伸びず、投資案件が潤沢に供給される状況ではなさそうだ。
だがヘルスケアアセットは、コロナ禍で改めてボラティリティの低さが確認され、投資家の注目が高い。前出の早藤氏は、「現在、単独施設の取得例はないが、今後は高齢者施設、保育園、病院施設、ライフサイエンス施設までを投資対象として見ていきたい」と積極姿勢を示した。しかし、高齢者施設を例に取ると、1物件の資産規模が10億円から数十億円程度の物件が多く、単独では大手投資家の投資目線には合いづらいという課題もある。総務省の統計によれば、2040年まで80歳以上の人口は増え続け、その後も高い水準で推移する見通しの日本で、高齢者施設の需要は高額帯ばかりではない。事業の多様化と投資機会の創出には、行政の新たな施策が欠かせない。
種々の課題を克服し、民間として唯一大規模にアフォーダブル住宅を手掛けるのは、ビレッジハウス・マネジメント。同社は2017年に、全国の雇用促進住宅約10万6000戸を計約614億円で取得したフォートレス・インベストメント・グループの関連会社。「アフォーダブルハウジングは、築古物件をポートフォリオで大規模に抱えている当社だからこそ可能。本来であれば公営住宅にしかあり得ない」(岩元龍彦ビレッジハウス・マネジメント最高経営責任者 CEO)。事業の着眼点は、まさに公営住宅への着目だが、取得当初33.3%だった稼働率を足元で70%として収益化するには、多くの工夫がある。
まず、躯体や水回りといった必須の改装以外は、全体の仕様をあえて抑え、賃借人の希望による設備はオプションとした。そして、徹底的な内製化とDXの導入で、運営効率と機動力を上げた。現在は、入居審査も含めて100%を自社で運営する。これにより、生活保護世帯を含む多くの属性の方に、低家賃の住宅提供を実現した。特に外国人需要はおう盛で、社内には英語・ポルトガル語・ベトナム語に対応したチームを有し、申込みから入居、解約までをサポートする。一方で、マイホーム購入のために生活費を抑えたい若者世帯からの応募などもあり、周知が進めばさらに需要が広がる可能性も見える。さらに、直近3年間でUR都市機構の入札物件を5物件購入し、ポートフォリオ拡大を続ける同社だが、未募集の物件も約100物件を抱える。これは、在庫という考え方で効率的に工事費用等の予算を配分するためで、同時に1棟借りの法人営業も進めるなど、随所に高いマネジメント能力を発揮する。従前は、民間では不可能に思えた低家賃住宅供給という課題を、機動力と効率化で乗り越えた。今後は、リート化することで市場から長期的に資金を調達する計画も見通す。
Sの取組みの特徴は、第一にその多様性にある。だが、多様性は煩雑で排除されるものではなく、整理に伴い理解出来るという未来が見えてきた。アセットごとにSの取組みはあり、身体・心・経済・社会的な充足=ウェルビーイングに資する不動産の実現へ向け、Sの市場拡大に期待が膨らむ。
2022/6/5 不動産経済ファンドレビュー