評価手法の提示で市場拡大が見える S(社会)の取組みに長期資金流入の可能性(上)
不動産経済ファンドレビュー

 ESG投資は、もはや投資家がグローバルで踏まえるべき課題となった。不動産セクターにおいては、まず環境負荷低減が喫緊の課題と認識され、E(環境)の側面から具体策が進む。一方、コロナ禍で働き方や住環境に変化が起こるなか、S(社会)に対する取組みへの関心が高まり、事業体としては従業員の健康確保など種々の動きが見られる。Eの認証制度が投資家判断の1つとなりつつあるように、Sへの注目度の高まりは不動産投資市場へどのような影響を及ぼすのか、課題と今後の展開を追った。

国土交通省主導で指標の取りまとめが進む

長期資金の安定運用を支えるSの取組み

 「Sは明確な定義づけがないうえ、収益性へ貢献する取組みを考えづらい」。Withコロナ期間が長期化し、事業者やデベロッパーは健康や安全性を軸にSへの取組みを進めているが、一方の不動産投資市場関係者からは、こうした本音が漏れる。市場におけるSの課題は大きく2つ。1つは、取組みを数値基準で評価することが難しい点。そして、Sの幅広い取組みを評価する項目や手段が未整理な点である。グローバルなESG投資市場は、2020年時点で約35兆ドル規模となり、2025年には約53兆ドルまで拡大するという試算も出ているほどに巨大だ。日本では、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、3月にESG指数に基づくパッシブ運用の開始を発表するなど、大手投資家がけん引して大量の資金流入が見込まれるため、Sの枠組みが整備されれば市場の広がりは間違いない。

 この状況を鑑み、国土交通省は2021年、「不動産分野の社会的課題に対応するESG投資促進検討会」を設置。重要検討課題として、Sの分野に多くの投資が振り向けられるための環境整備を挙げた。すなわち、ESG金融の側面を強化することで社会課題を解決する原資を確保し、ESG全体の取組み拡大を図っていく。3月30日に公表された中間取りまとめでは、社会課題の基本的な考え方について、“安全・尊厳”をベースとし、“魅力ある地域”を頂点とする4段階で表し、それぞれに該当する課題、評価テーマから評価項目までを示した。同会の検討委員でもある三井住友トラスト基礎研究所の菊地暁主任研究員は、「今後、定量的な数値を置き、最終的にはそのインパクトを測定出来るところまで整理したい」と展望を話し、数値のブラッシュアップを繰り返していくことが必要だと強調する。

 考慮されるべきことの1つは地域性。都市部と地方では社会課題が異なり、例えばオフィスビルに求められる仕様なども異なる。あくまでも、テナント、来訪者、オーナーなど物件に関わる人々が交流を重ねて解決を目指す課題を共有しなければ、形骸化したSの取組みとなりかねない。Sの取組みが持続可能であるためには、1つの尺度を固定化せず、社会変化に応じた更新が許容出来る尺度の開発が求められる。

 長期的に持続可能な運用を行うという観点でSの取組みを進めるのは、アクサ・リアル・エステート・インベストメント・マネジャーズ・ジャパン(AXA IM JP)。仏大手保険会社であるアクサグループの資金は、基本的に長い時間軸での投資資金であるため、アセットが長期にわたって高い収益性を保つことは重要だ。「オーナー側もオペレーションリスクをとって、ウェルビーイングの実現などに注力していかなければならない」(早藤嘉彦AXA IM JP代表取締役)。同社は、テナントらと協働しながら、Sに資する施設の設置やシステムを導入することで、オーナーとして取組みをけん引する構えを見せる。例えば、2020年に取得したレジ2物件では、集合住宅コミュニティ向けにESGエンゲージメントを行うプラットフォームEaSyGoを国内で初めて導入した。同サービスは、住民がPFにアクセスすることで、運営に関する意見を寄せられるほか、運営側からは防災や健康管理、消費電力などについて呼びかけることが出来る。ESGを中心に住民と連携を図り、結果的に満足度を向上させる仕組みだ。足元では、こうした取組みが賃料上昇に寄与するまでには至らないが、Sの指標が提供された折には、投資判断の1つになる可能性は高い。

評価手法の提示で市場拡大が見える S(社会)の取組みに長期資金流入の可能性(下)へ続く

2022/6/5 不動産経済ファンドレビュー

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