義務化に潜む相続登記の心配事 司法書士 石田光曠

登記手続相談の増加

2021年春、所有者不明土地問題対策の一環として不動産登記法が改正され、2024年度から相続開始後3年以内に相続登記の申請をしなければ、過料の対象となることが決まった。そのことを受けてか、近時の自治体や司法書士会主催の無料相談会で、登記申請に関する相談が増えている。良い意味での義務化によるPR効果である。もっとも、「自分で相続登記申請したいので、申請書の書き方を教えて欲しい。」という相談も増えており、登記申請代理を生業とする司法書士としては悩ましいところだが、義務化するのならその手続きを手軽に安価に済ませたいと考えるのは当然の国民心理であろう。前回の寄稿(No.1339/2021.9.1)では、相続登記の義務化により「負動産」の相続を嫌った相続放棄が増えているという話をしたので、今回はこの相続登記申請の実態について考えてみたい。

実は、法務省もこのことを予測してか、各法務局内に登記申請手続専門の相談窓口を充実させている。もともと登記官OBなどが相談員として対応してきたが、近年の件数増加に合わせて、司法書士にも募集をかけて増員している。したがって、単なる申請書の書き方に関する具体的な相談については、そちらに行くことをお勧めしている。中には、「なぜ教えてくれないのか!」と怒り出す相談者もいるが、話はそんな単純なものではない。なぜなら、登記申請は単なる手続きだが、その前提となる「相続」は、一定程度の家族や遺産内容の事情を踏まえて行う必要があるからだ。

本来、不動産遺産は、家族だけでなく地域との関わりが大きい財産であり、簡単に分割できない財産である。そこで、まずは詳しい家族の事情や遺産である不動産の内容を聞き取り、そこから登記申請の内容を考えるべき、と思うのが専門家としての心理である。登記申請は、その結果としての手続きに過ぎない。仮に相談の内容が、しっかりした遺言書や遺産分割協議書に基づく申請書の書き方や、相続人が一人しかいない単純明快なケースでの登記申請であれば、心の中での葛藤は多少あるものの、仕事を抜きにして無償でアドバイスすることも厭わない。

ところが現実は、そのような相談ほど十分な話し合いや遺産の調査もせず(現地にも行かず)、安易に複数の相続人の共有名義にしたり、中には相続人でもない孫にも持分を渡したいと言い出す人もいる。そんな登記をしてしまえば、困ることが将来起きるのでは? と思ってしまうケースも少なくない。司法書士に支払う登記申請報酬を節約したい気持ちはわかるが、前提である相続(遺産分割)の考え方についてこそ、無料相談会の利用も含め、専門家のアドバイスを十分に聞く手間を惜しまないで欲しいものである。

たかが相続登記、されど相続登記

そもそも古代より「相続」は、財産の承継というよりも地位(権力)の継承として始まった。そして財産遺産は、その地位に付随する「物」に過ぎなかった。現に日本でも、昭和22年までは家督相続(単独相続)制度を採っており、一般国民にとっての「地位」、つまり「家」を承継する者がその家の財産の全てを相続してきた。また、この家長の地位を最初に生まれた男子に継がせることが慣習化されていた時代が長かったため、遺言書や遺産分割協議がなくても相続手続きは進めることができた。もっとも、一部の資産家や商人などは、後継ぎ対策を含め、生前に持参金や分家対策などの手続きを済ませたものである。

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ところが、敗戦を機に相続制度が変更され、長年にわたり単純明快な相続制度に慣れ親しんできた日本人に対して、平等主義を原則とし、法定相続人全員で話し合って遺産の分割方法を決めることが求められた。一般の国民は、相続に関する専門知識があるわけでもなく、一生のうちに何度も経験する法律手続きでもない。したがって、分割可能な現金遺産とそうではない不動産遺産の区別も理解しないまま76年経ってしまった。そんな状況で、「いきなり相続登記の義務化と言われても・・・」というのが、実は国民の本心ではないだろうか。

また、近時の日本では、相続人でも管理・活用しきれない「低未利用不動産(放置空き家・空き地)」や、処分したくてもできない「負動産」が増えており、ますます相続登記が進まない事情が増えている。

不動産は特殊な財産

戦後日本の特殊事情として、相続制度が180度転換したことと同時に、土地財に対する価値観も大きく変化した。農地は別として、それまで土地より上物の方に価値を置いていた日本人が、「土地神話」という世界でも稀な価値観を生みだしたこともその一つだ。農村だけでなく、都市部においても土地の所有を重視し、金融界においても“担保の王様”と捉え、人口の増加とともに土地や山林は異常なまでに細分化されて、その挙句、人口減少期に入った途端に空き家問題や所有者不明土地問題が顕在化した。

相続の場面においてもその影響が窺える。本来、その地域にある他の土地と一体的に存在し、国土の一部でもある公共財の不動産遺産を祖先からの(物的な)形見のように捉えて、まるで記念碑のように平気で登記簿上に責任も取らない複数の相続人の名を残すことが行われている。これが現在問題となっている空き家増加や所有者不明化の要因である、土地の“権利的分散化”の実態の一つである。

世界を見渡すと、土地財においては「公共の福祉」を具現化した土地計画や土地活用計画(マスタープラン)が厳格かつ具体的に整備されているため、土地の分割や建物の変更、解体は自由にできない。したがって相続においても、実際に活用する相続人に名義変更されたり、誰も使わない場合は、お金に換えて分配したり管轄自治体に受け取ってもらう手続きが当たり前になっている。だから、放置空き家や所有者不明は起きにくい。

相続登記の本質

さて、話を相続登記に戻そう。前述からもお分かりのように、世界での相続登記とは、実際にその不動産を活用する相続人または相続人から譲り受けた承継者に登記名義を移す一連の手続きのことを言う。また、近年の相続環境の変化(家族関係や遺産そのものの多様化)を受け、特に遺産に不動産が含まれている場合は、相続手続きに専門家が関与することを慣例化している国が多い。それにより、遺産の全てについて残さず手続きが履行され、相続登記についても義務制を採らずして同様の効果を生み出している。しかも、実際の活用者に所有権が移転できているため、管理不全不動産問題も起きにくい。ちなみに専門家への報酬はかかるが、相続における登録免許税自体は非課税である。

日本においても、形式的な手続き面だけに目を向けず(問題の本質から逃げず)、時代の要請に合致した不動産の所有および承継並びに相続制度そのものを模索すべき段階にあるのではないだろうか。

参考資料:石田光曠「世界の制度との比較から所有者不明土地問題の本質と対策を考える」~特に引き取り手のない不動産の受取制度と相続開始後の管理及び登記制度を中心に~(土地総合研究所 土地総合研究2020秋号)

22/3/23 不動産経済Focus &Research

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