「SUUMO」(リクルート)の池本洋一編集長が賃貸住宅を埼玉県内に建築した。場所はJR大宮駅近隣の各駅停車駅から徒歩数分。断熱などの仕様を上げて木造賃貸ながら「ZEH水準」を実現。女性が好みやすい内装や設備にも拘り、周辺相場よりも数千円高い賃料を実現した。ターゲットを「20代を中心とした女性」に絞り、その狙い通りに募集から1ヶ月半でほぼ満室とした。池本氏に話を聞いた。
立地や建物についての考え方
立地については郊外だが、私の自宅からは近く賃貸運営上の問題はない。駅距離は多少気にした。ターミナルの大宮駅であれば駅徒歩15分でもいけると思ったが、この場所は大宮近郊の駅で少し外れた場所だったのでできれば駅徒歩7分以内。10分でギリギリだろうと考えた。建物については、入居者のニーズに沿うものにしたい。そのためには入居者像を特定しないといけない。この物件は「20代を中心とした女性」に絞った。
ターゲットを絞ることによって、何をどうすればいいか、色々なことが見えてくる。建物全体の内装のコーディネイトは、インテリアコーディネーターの坂田夏水(さかた・なつみ)さんにお願いした。一方で管理会社のニーズというものがある。坂田さんがいくら良いと言っても、管理会社からは嫌がられる場合もある。管理会社には「この地域の賃貸はこういうものが必要」という感性が備わっている。特に間取りについてはそうだ。オーナーとしては管理会社の意向に沿わないことをして、嫌われたら損だ。客付けできない場合の言い訳に使われても困る。そのため管理会社との合意形成にも拘った。後述するが、間取りは1Kとワンルームで半々にした。
そして建設会社との関係性もそうだ。慣れていない工事をお願いすると後々トラブルになる。そのリスクを避けるためにも、建設会社との合意形成についても重視した。そして利回りの確保。当然仕様を高めればコストアップになる。そのため家賃をどこまで上げられるか。結構管理会社と揉めるところだが、話し合い折り合いをつけ、一定の利回りは確保できたと思っている。
戦略仮説 ー その地域での差別化
まず日本の賃貸住宅に課題を感じていた。それは利回り追求が先行しすぎて、新築なのに品質が今一つの物件が多い。カーボンニュートラルを考えると、新築こそそれをもっと意識しなければならないのに。もし夏涼しく、冬暖かい快適な部屋に若いうちに住んでもらえれば、いつか持ち家を購入する際もそれを求める。つまり賃貸の品質良化がカーボンニュートラルには必要だと考えていた。ただ、省エネでその価値分の家賃を上げられるのか。肌感覚ではわからなかった。
そこで、省エネとは別の魅力を作って、まずは興味を持っていただく。そして省エネ性能については、実際に住んでもらえれば納得頂ける。そういうやり方を考えた。目に見える別の魅力とは何か。それは内装だ。床とか壁とかの色や仕様にこだわる。そこを通常の賃貸とは変えるだけ。コスパの面からも優秀だ。内装に少し凝るだけで、不動産情報サイトに掲載させた時の絵が違う。集客効果が違うし、実際に内見で部屋へ入ったときに気分が盛り上がる。若い女性ならば特にそうだと考えた。
20代女性にターゲットを決めた理由は、駅から近い割に静かな場所であること。加えて周辺に20代の女性に拘っている物件が少ないこと。「女性専用」と謳っていても内装はそこまで拘りがない物件は多い。一方で男性は賃貸住宅の内装にそこまで拘りは持っていない人が多い。拘ったものに対し、家賃を上げてでも借りてくれるのは女性だと仮説づけた。
インテリアと住宅設備
物件全体のコーディネートはインテリアコーディネーターの坂田夏水さんにお願いした。外観の色の取り合わせとか、内装ではサッシとの色の取り合わせとか面倒を見ていただいた。室内ドアに、パナソニックの「クラフトレーベル」を採用した。このドアは坂田さんがパナソニックと共同開発したドアで、全てのフロアで色違いにした。私が感じたのは、素人がインテリアコーディネイトをやろうとしても無理ということだ。自分の裁量で簡単にできそうな、アクセントクロスひとつにしてもプロのチョイスは違う。検証のために入居者アンケートをお願いしたのだが「内装にいくらお金を払う価値があるか」との問いには、家賃にプラス3000円とか中には1万円という回答もあり、改めてプロにお願いしてよかったと思っている。
内装以外で、入居者アンケートで特に評価が高かったのは、キッチンと洗面所だ。キッチンは1500サイズのトクラスのシステムキッチン「Bb」を入れた。一人暮らしでは十分なサイズだ。トクラスの天板は国産の人造大理石が使われている。全体的なデザインの雰囲気が非常にしっかりしていて女性が喜びそうだなと思った。魚焼き器は入れていない。洗面化粧台もトクラスの5面鏡でしっかりコストを掛けた。フローリングは1階のみ無垢材を採用した。1枚の無垢だと反りやすいので、3層張り合わせたものにしている。1階の全部屋に遠赤外線の床暖房を導入した。床暖房で無垢のフローリング。私もかつて賃貸の1階に住んだ経験から、1階の床は冬場冷たいと感じていて、そこは同じ思いをしてほしくないと思ってそうした。
分譲マンションでは集客にモデルルームを設置するのが当たり前だが、賃貸住宅ではあまりやらない。この物件では建物内の2部屋をモデルルームにした。ニトリのソファやテーブル、グリーンなどを3ヶ月のレンタルで設置し、ステージングした。費用は1部屋あたり11万円。提案して搬入、設置、搬出までの手間を考えると高くはないと思った。1カ月半でほぼ全室決まったのは、ステージングの効果が大きかったと思っている。特にこの間取りにどう家具を配置すると暮らしやすいかを可視化できたことが大きい。コストをかける価値は大いにあると考える。
「間取りの呪縛」に挑戦
業界の常識というか、「間取りの呪縛」に囚われ過ぎていると感じていた。管理会社から「ワンルームは微妙です!1Kにしてください」と意見された。これまでの経験則からだと思う。しかし、私と内装を担当した坂田さんの意見は違った。キッチンが居室の扉の外の廊下にある1Kは、冬場は寒いだろうし、夏場は暑い。それならば、居室と一体化していた方がいいんじゃないか。見栄えの良いキッチンを入れるのだから美観的にも問題ないのではと。でも数々の客付けをしている管理会社の意見も一理ある。結果、5タイプのうち3タイプがワンルーム、2タイプを1Kとした。
トイレと洗面化粧台の間の壁と扉をなくした部屋も用意した。そもそも一人暮らしで間に扉は必須だろうか?坂田さんはグローバルな視点から、「この広さならトイレと洗面化粧台の間に扉はいらない、ない方が開放的でいいのでは?」という意見を持っていて、私も自宅で洗面台とトイレの間に扉は設置していないのでそうだと思った。だが管理会社は、扉は使わないなら開けておけばいい、つけるだけつけましょうよと。そこで5タイプのうちの1タイプのみ、トイレと洗面所の間仕切りをとってみた。12月下旬から募集を開始したら、年内に決まった3部屋のうち2部屋がこの扉なしのタイプだった。
クローゼットの位置も再考し、2タイプの部屋は、居室の長いほうの壁に沿う形で横置きにした。このほうがベッドが置きやすく、動線に無駄がないと思ったからだ。
【インタビュー】池本洋一・SUUMO編集長がZEH水準の賃貸住宅を大宮近郊に。拘りの断熱・設備仕様で短期で20代女性を中心にほぼ満室。(下)へ続く