大丈夫か、アメリカのオフィス市場 経済アナリスト・文明評論家 増田悦佐(上)より続く
もう一つ、気がかりなことがある。このトップ10大市場の平均値だけではなく、それぞれの市場ごとに見ていくと、コロナ前に人気の高かった市場ほど回復が遅れているという事実だ。サンフランシスコ、サンノゼ、ニューヨーク等の、従来高水準が当たり前と見られていた都市圏で落ちこみが激しい。下のグラフをご覧いただきたい。
ヒューストン、ダラス、オースティンのテキサス3市場では、「デルタ恐怖」前には占有率がピーク比で約50%に回復していた。その後やや下がったとはいえ、直近でも45%前後を維持している。それにくらべて、シリコンバレーの中心地であるサンノゼ、用途規制がきびしいので慢性的なオフィス床不足と言われていたサンフランシスコ、そしてニューヨーク市場の沈滞ぶりは極端だ。この3都市圏ともピーク比占有率ベースで見ると、20%前後にとどまっている。
問題は、これがコロナ禍による一過性の低迷なのか、それとも主要な企業テナントが大多数の従業員が在宅勤務になってもやっていけるという長期的判断を下したのかということだ。アメリカの大企業経営者たちの中でも「ズーム会議ができれば、在宅勤務で支障なし」との考えが支配的になっているようだ。とくに、ニューヨークとか、サンフランシスコとか、シリコンバレーのように、なんでも新しいものに飛びつきたがる「ファッショナブル」な経営者の多い都市圏で、その傾向が強い。
真剣にオフィスワークをした経験のある人ならだれでも感ずるだろうが、オフィスワークでマニュアルどおりにやっていればうまくいくことなど、ほとんどない。営業や企画とかは当然、先輩たちが積み重ねてきた実績を継承した上で、さらに何かを付け足す必要がある。比較的形式的に整った業務の多い経理・税務などでも同じだろう。今、アメリカのオフィスワークの世界で、その暗黙知をいかに継承するかについて赤信号が点っている。
不動産経済Focus &Reserch 2021/9/8