<バリューアップ>駅からまちへ波及する交流 空家2店舗を商業施設にリノベ(上)より続く
コンパクトな空間に多用途エリア
まちに関わる人が混ざり合う機会を
「西日暮里」は小さな建物だが、その外観は上部が赤と黄色、1階部分は白のストライプで塗られ目を惹くデザイン。赤と黄色の部分は以前の仕様を残し、1階を縞々にしたことで、半分は元の壁が露出している。意匠を手掛けた宮崎氏は、「汚い部分も見えることになるが、リノベーションでは歴史の蓄積が層になって残ることを大切にしている」と述べる。
また、建物は各エリアによって狙いが異なる。駅の通路に面し、最も人通りが見込まれる1階南側は、立ち食い蕎麦の感覚で食べられるカレー屋が入居。交差点を利用する人が往来する建物正面では、ジェラート屋、奥まったエリアで落ち着ける場所には、本屋と精神障害を持つ方々が製作した小物を売る店舗、交差点からの視認性が良好な2階には立ち飲み屋を置いた。
施設のコンセプトは、「まちをまぜ、駅から新しい学びを」。1階約77㎡、2階43㎡というコンパクトな空間に5店舗が展開する空間を実現し、HAGI STDIOがいわゆる“谷根千エリア”の路地裏で展開してきたリノベーションの技が光る。同社は、建築設計・デザインを主軸としながら、飲食店や宿泊業も運営する会社。「西日暮里」に入居する5店舗のうち、3店舗(カレー屋、本屋、立ち飲み屋)は同社の運営だ。空間を創るだけに留まらず、運営まで一気通貫に行うため、その場所で何をやりたいのかを的確に具現化できることが同社の強み。「西日暮里」の内装は、吹付塗装だけを行い、後は解体する時も持ち帰れるような家具を置くことで費用を削減している。だが、垣根のないコミュニケーションを生むという運営の意図は、デザイン化された案内表示や空間アレンジで表現されている。「社員30名ほどの中に、設計・デザインや飲食業などバックボーンの全く違うメンバーがいる。運営委託が少ないことで、空間と提供するモノ双方にこだわりを発揮することができる」(宮崎氏)。
まちに住む様々な人々が関わり、交流していくことを目指す施設の中で、HAGI STUDIOがこだわりを現したのが、本屋「西日暮里BOOK APARTMENT」。31cm角の本棚を1オーナー1箱、月額4000円で借りることができ、オーナーが決めた屋号を掲げた本棚に好きな書籍を置いて売ることができるシステム。80箱が設置され、現在は70箱ほどが稼働している。宮崎氏によると、「コロナ禍では飲食各店が影響を受けるなか、在宅時間が増えたことで堅調に稼働したのがBOOK APARTMENT」。棚オーナーの1人は、「在宅ワークなどで家にいる時間が増え、自分がしたかったことを考える時間が持てた。オーナー同士で本好きを共有できることに加え、自分がおススメする本が売れると嬉しい」と話す。趣味として出店する他、地域に住む翻訳者が自ら関わった本を置いたり、書名が見えないようにカバーをかけコメントを添えて売ったり出店の動機は様々で、道行く人にとっても多くの個性に触れられる場となっている。
駅前の難しさを受け入れまちに馴染む
再開発後にも種をまく関係づくり
一方で、開業から1年が経ち、「駅直結という利点が、逆に難しさにもつながった」(宮崎氏)。「西日暮里」には開業当時7店舗が入居していた。1店は転貸で入居していたが、コロナ禍に耐えることができず退店。もう1店はHAGI STUDIOが運営した八百屋だった。「開業前のエリア調査で、近くにスーパーマーケットが少ないことから八百屋を出店したが、全くと言っていいほど売れなかった」と宮崎氏は振り返る。
同社は、「単なるお金とモノの交換ではなく、お金には換算できない付加価値を求めたい」(宮崎氏)と考え、通常のスーパーマーケットよりも高単価だが生産者ともつながりを感じられるこだわりの野菜を販売。だが、駅を利用する通りすがりの客にはこれが受け入れられなかった。同じ理由で、「カレー店ではネットの口コミサイトなどの評価が思うように伸びなかった」(宮崎氏)。駅利用者が、偶然に生じるニーズを満たすという点では、同社が目指すこだわりとギャップが生じていた。宮崎氏は、「現在では、徐々に店の特徴が認知され、地域で常連になってくれる人が増えた」と話し、さらに施設が取り壊された後にも目を向ける。
「再開発で建てられる大きな商業施設にこそ、BOOK APARTMENTのような施設が入り、地域で関わる人を増やした方がよい」。宮崎氏は、「西日暮里」で生まれた種が、再開発後も受け継がれ、芽を出していくことを見据えている。2階で同社が運営する立ち飲み屋「NIGHT KIOSK」の窓には、駅周辺の地図が描かれ、そこに客がおススメのスポットについてコメントを残せるような仕掛けが設けられている。西日暮里駅は、元々まちがあった所にできた駅ではなく、千代田線との乗り換えのために鉄道側の要請から作られた駅。そのため、まちの特徴が少なく魅力も伝わりづらい。だが、NIGHT KIOSKの壁には多くのコメントが寄せられ、まちの特徴が顕在化している。「『ここが無くなっちゃうなら、こっちで何かやろうよ』、『あそこが空いているよ』など、地主さんや面白いことを考える方たちのつながりが生まれています」(宮崎氏)。駅前の再開発は着工前だが、すでにまちづくりの種は蒔かれ始めている。
2021/4/5 不動産経済ファンドレビュー