シリーズ;「事故物件を歩く」①
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 8月下旬の公開から2カ月以上が経過した映画「事故物件・恐い間取り」が、なお多くの映画館で上映中である。「事故物件住みます芸人」として活躍中の松原タニシ氏の原作としての魅力、SNSによる話題性などがロングヒットの要因だ。配給元である松竹のオフィシャルTwitterによると「興行収入が23億円を突破(10月26日時点)。2000年代に日本国内で公開されたホラー作品としてナンバー1のヒット」とのこと。映画はホラーという体裁だが、現実の事故物件を取り巻く状況は、決して空想的な存在ではない。現に孤独死や自殺者が増え、事故物件の存在はとりわけ都市部において当たり前になりつつある。その背景として急激な核家族化と都市化が社会の分断を生み、人々が孤立を深めているからではないだろうか。そして消費者や不動産事業者は日々生み出されていく事故物件とどのように向き合えばいいのだろうか。事故物件がどうして発生し、それがどのようにして不動産取引の市場に出て、どのようにして買い手がつくのか。事故物件に強い複数の不動産会社や特殊清掃会社などの協力のもと、シリーズ形式で正しい事故物件のルポを行う。

特殊清掃後の専有部内 床には染みの痕が残っていた(西新宿五丁目)


 心理的瑕疵物件(事故物件)特化型のポータルサイト「成仏(じょうぶつ)不動産」を運営する㈱NIKKEI MARKS(ニッケイマークス)の花原浩二社長(43)に案内されたのは東京・新宿の「西新宿五丁目」駅から徒歩数分という好立地のマンションだ。築年数20年のマンションの専有部内で孤独死した40代男性の遺体が発見されたのは6月。NIKKEI MARKS はこの男性の相続人と8月に売買契約を締結し、その2日後に特殊清掃を行った。死亡推定時刻から発見までは55日間も経過した物件(写真)だ。花原社長によると「遺体発見後にこの男性の相続人から弁護士、不動産業者を通じ当社へ相談があった。まず特殊清掃のやり方を検討してから売買契約を締結した。特殊清掃は当社で手がけた。この秋からフルリノベーション工事に入り「抗菌コーティング」も行ったうえで、エンドユーザー向けに販売していく。なおこの物件は通常の販売活動と並行しながら、同社が取り扱う「フルリノベーション済み事故物件」のモデルルーム的な役割を持たせて、「事故物件でもここまできれいになる、そういう良い事例として情報発信をしていきたい」(花原社長)と話す。

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前入居者によるものと思われる壁の落書き(西新宿五丁目のマンション)

 事故物件の価格が周辺相場よりも半値(業者の買取価格ベース)になるのは、事故物件に対するマイナスイメージもさることながら、融資を付ける金融機関が事故物件に対して消極的であることも関係する。例えばNIKKEI MARKSが最近買い取った、神奈川県・横須賀の久里浜に所在する中古マンションの場合。実勢価格から考えると1700万円以上の値がつく物件だが、当該物件は事故物件であるということで、担保評価が300万円しかでなかったという。花原社長は事故物件の評価の低さ以前に、事故物件の何をどう評価していいのか、評価する仕組みが足りないことが要因だと考える。そのため今後は事故物件の買取りを強化し、付加価値を高めて市場で比較的高値でも流通できる商品展開を目指していく考えだ。先の西新宿の物件について花原社長は「恐らく流通相場から考えると本来の価格は、フルリノベーションをすることを前提で3000万円~3200万円ぐらい。ただし事故物件であるため、普通に流通させようとすればこの価格帯には届かない。そのため、特殊清掃とお祓いを行った証明として「認定書(成仏認定書)」を発行するとともにフルリノベーションを行い、精神的な安心感と物理的な綺麗さの双方を実現する。事故物件でもここまで綺麗になるというPRの場所としていきたい。それで本来の相場に近い価格帯の値付けを目指したい。」と意欲を示す。

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リノベーション工事を前にお祓いが行われた(西新宿五丁目のマンション)

㈱NIKKEI MARKS(ニッケイマークス)の花原浩二社長に話を聞いた。

-映画が公開されて事故物件の社会的な認知が広がっている
花原氏 ネットの検索エンジンで「事故物件」と検索すると、当社が運営する事故物件取引サイト「成仏(じょうぶつ)不動産」は検索結果の3番以内に入る。映画の公開前と比較すると、サイトの閲覧数は1.5倍になった。この1,2カ月で来訪者がどんどん増えている印象だ。事故物件に困っている人からの切実な問い合わせが増えている。夏から特殊清掃のサービスを始めたので、その相談も増えている。例えば特殊清掃を2回行ったのに臭いが取れず、業界では「臭い戻り」と呼ぶが、なんとかなりませんか、という相談だ。映画では賃借人が新しい人に替わると、その物件の告知義務がなくなるというケースが紹介されていた。これは誤解を招くかもしれない。相手が知っていたとしたら取引に影響があることを先ず伝えることが大事。良い・悪いを判断するのは買う側、借りる側にあると思う。

-特殊清掃を始めた狙いについて
花原氏 参入したのは7月末。特殊清掃の成約は3件だ。見積もり段階のものも含めればかなりの件数がある。このコロナ 禍のご時世でもあり「コロナ除菌」のような案件もある。当社は特殊清掃の業界団体である、一般社団法人・特殊案件施工士協会と協力しており、法人向けにも個人向けにも対応できる。法人向けは「事故物件処理代行サービス」として、事故物件の入口から出口までを一貫して担っていきたい。

NIKKEIMARKSの「成仏認定書」

-事故物件のサービスでここまで踏み込んだのはどういう理由か
花原氏 事業者からのリクエストに対応していくうちにこうなった。まずは事故物件のマーケットを作るために、事故物件取引サイト「成仏不動産」を立ち上げた。当初は自社サイトだったので伸び悩んだが、他の事業者が扱う物件も掲載できるプラットフォームに変えたことで、アクセスが急激に伸びた。2番目にユーザー側で事故物件の選定基準が各々異なることから、「成仏物件」として「7つの区分を作った。事故物件を「嫌われる」ではなくて「選ばれる物件」という動きに変えていきたい。3番目は住宅確保用配慮者と呼ばれる高齢者や外国人と事故物件とのマッチングだ。そして今後は事故物件のイメージアップをしていきたい。その入口が特殊清掃だ。この特殊清掃が近年、「特殊清掃業者」が急激に増えたことで、知識不足や悪質な業者による施工不良などで「臭い戻り」等のトラブルが起きやすくなっている。そこを当社は特殊清掃のしっかりしたノウハウを持つ「特殊案件施工士協会」とタッグを組むことにした。それから御祓いをして「成仏認定書」(写真)を発行する。事故物件という一括りから脱して、臭いもなく綺麗でお祓いまでされていて、普通に住めるのだと。事故物件のイメージアップ戦略の一つだ。今後当社で買い取りを積極的に行っていきたい。

-事故物件のニーズは
花原氏 付加価値を付けていくことも大事だが、逆にコストダウンという視点も必要だ。そもそも事故物件を好んで購入する人は少ない。だいたいの理由は相場より安く買えるから、節約したいからだ。そのためリノベは行わず、D I Yで済ませるとか、材料も廃材を使ったりして「安い不動産」として磨きをかけるというアプローチもあるだろう。節約が事故物件と相性が良いかもしれない。金融機関の融資は付きにくい。そのためそれしか買えない、というわけではなく、キャッシュで買っていかれるような方も存在する。だから本来はどんな物件も買えるはずだが。西新宿のマンションは 相場は3000~3200万円ぐらいのところ、2800~2900万円ぐらいの値付けにはしたい。フルリノベーションを行って、事故物件でもここまで綺麗になる、これまでの常識を覆すような物件にしたい。

-7段階の区分ついて
花原氏 事故物件は資産価値を棄損させるが、事故物件の内容によってユーザーのニーズの発生度合いが異なる。そのため事故内容を明確にするほか、精神的負担度合いの高い順に「殺人」「自殺」「火災などによる事故死」「発見まで72時間以上の孤独死」「同72時間未満の孤独死」「共用部などでの死亡」「心理的嫌悪施設の周辺」の7段階で分けた。精神的負担度合いが低いほど資産価値が落ちにくく、負担度合いが高いほどお買い得となる。事故物件といっても人によって許容範囲が違う。それなのに事故物件と一括りで、ユーザーは選ぶことができなかった。それを細分化することで選びやすくした。


-どのようにして運用している
花原氏 7つの区分は物件情報に記載している。人気があるのは「72時間未満の孤独死」までだ。一番はお墓とか火葬場、葬儀場とかに近い物件。これは事故物件ではないが。2番目は共用部などでの死亡で廊下からの飛び降りとかが多い。「72時間以上の孤独死」は、件数自体は多いのだが、発見まで丸三日となると季節にもよるが3日で腐敗が始まる。そうなると不動産そのものに影響が出てくる。夏場だともっと早く臭いが出るが、クーラーの使用の有無で変わってくる。自殺は年間2万件あると言われている。最近は自宅での自殺は著名人も多いし、オーナーの立場だと大変だ。最後は他殺だが、このような不動産はとても重たい。価格は半値以下になってしまう。住宅よりも倉庫とか、別の使い方も検討する必要があるかもしれない。

㈱NIKKEI MARKS(ニッケイマークス)の花原浩二社長

-サイト「成仏不動産」の物件の状況はどうか
花原氏 発見まで72時間以上の孤独死の掲載が圧倒的に多い。社会で孤独死が増えていることが背景にある。私の実感としては、社会からの断絶が進んでいるからではないか。1、2週間会ってなくても全然違和感がない。

-事故物件は世の中でどれくらいあるのか
花原氏 年間の自殺件数が約2万件、孤独死が約3万件あるので、合計約5万件。加えて殺人事件と火災事件が約2000件ある。その内全てが流通するわけではない。流通するのが約半分だとしても年2万件は発生しているはずだが、当社が調査してもその数には至っていない。日本全国の不動産情報が掲載されるレインズ(不動産会社専用サイト)以外の民間が運営する不動産情報サイトをチェックしても実際の発生件数にははるか及ばない約2,000~3,000件ほどの掲載数にとどまっているように見受けられる。だからちょっとおかしい。事故物件はどこに消えたのか。自殺物件を相続もせずほったらかしという人もいるし、数年寝かして告知せず売り出す人がいるのかもしれない。そうでないと数字が合わない。

―自殺物件はどうか
花原氏 死因はほとんどが首吊りだ。以前買取の相談で、入居者がキッチンの前で切腹していたという案件もあった。自殺はマンションからの飛び降りもある。飛び降りがあった住戸は「告知あり」になるが、マンション全ての住戸が告知の対象となる訳ではない。人が落ちていた1階とその縦ラインは嫌がられるケースがある。地域によってはマンション全体の資産価値に影響を及ぼす。ある飛び降りがあった静岡県内のタワーマンションは、マンションの全体の流通価格が以前よりも下がってしまった。現実としては皆が嫌がる。その地域では飛び降りがあったと有名になってしまったようだ。こうしたケースは都内などではあまりなく、人気があるエリアであればそこまで価格は下がらない。マンション管理会社は事実を把握しているので、売買契約で「重要事項調査報告書」の中で、必ず詳細は記載される。それでも人気のエリアや物件であれば取引はされる。今回のコロナ 騒動でも浮き彫りになったが、地方であればあるほど、何かが起きると噂の広がり方が早く、事故物件も敬遠される傾向が強い。 

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 国土交通省では、事故物件の告知義務に関するガイドラインを策定しようという動きがある。現在はどのような状況になっているのだろうか。花原氏によると、「賛否両論がある。ただしガイドラインはせめてあるべきだと思う。ガイドラインは告知基準のガイドラインなので、あるべき姿として告知をするかしないかの基準のみでいい。情報がこれだけ流通している時代に、事実を隠すこと自体がナンセンスだ。全てを話した上で、選ぶ側が判断すべきことだ。」と積極的な姿勢を示す。

シリーズ;「事故物件を歩く」② に続く

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