リモートワークが仕事のあり方に及ぼす影響ー神戸大学経済経営研究所 准教授 江夏幾多郎
リモートワークに関する調査を実施


 従来「働き方改革」の文脈で導入が施行されながらも遅々として進まなかったリモートワーク(在宅勤務、テレワーク)の導入が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行とともにその歩みを速めつつある。より正確に言えば、リモートワークは春の緊急事態宣言発令時に急速に普及した。しかし、直近数カ月ではそのペースは緩み、一度導入されたものが撤廃されるという「揺り戻し」も、部分的に観察される。
 この背景には、リモートワークに対する、企業側、就業者側の双方での広い違和感や抵抗が見られる。企業側としては、システムの導入にまつわるさまざまなコスト、従業員の管理監督の困難化、対面コミュニケーションを通じた価値創出へのこだわり、などがリモートワーク導入のネックとなっている。また、就業者側としては、業務活動と家庭環境との不整合、同僚と物理的空間をともにしないことによる孤立感、上司などが自分を適切に評価してくれるか否かについての不安感、などから、リモートワークに積極的になれないことが多いようだ。
 しかし、リモートワークは一部の企業や就業者にとってはチャンスとなる。双方にとって、業務体系を見直し無駄を減らすきっかけになり得る。また、企業側にとっては従来だと関わりを持てなかった人材を活用できる機会に、就業者にとっては自らのライフスタイルに合わせた働き方を実現できる機会に、それぞれなり得る。また、日本社会の通勤事情を考えると、リモートワークは就業者のCOVID-19感染リスクを抑制する有効な手段である。
 こういったことを鑑み、筆者は、大学に籍を置く5名の研究者、およびリクルートワークス研究所と共同で、COVID-19流行下での就業者の生活・就業環境および就業上の心理・行動について、2度にわたって調査を行った。以下では、7月末に行われた2度目の調査で得られたデータに基づき、リモートワークが仕事のあり方に及ぼす影響について検討したい。調査サンプルは、性や年齢構成の比率が日本全体と一致するようにして集められた。雇用形態や勤務地についても、大きな偏りは見られなかった。以下の分析のサンプルサイズは3056であった。


進むリモートワーク導入
 

 表(上)は、本年6月中旬時点での週当たりのリモートワーク日数について尋ねたものである。およそ6割弱がリモートワークを全く行っていないが、それでも従来と比べると普及が進んでいる。特に、完全にリモートワークに移行した者が2割強いる。都市部の大企業に勤務する者を中心に、こうした移行が見られたものと推測される。
 では、リモートワーク従事者にとって重要な意味を持つ、家庭環境の職場としての有用性について検討しよう。リモートワークの従事者(1322名)と非従事者(1734名)に分けて比較検討したところ、使用するデバイス(パソコンなど)を他の家族と共用するか否かについてのみ統計的に有意な差が見られたが、それ以外の要因については大きな差が見られなかった。リモートワークを最初から意図して家庭環境を整える人も、リモートワークに従事するようになって家庭環境を変える人も、それほど多くないのが現実である。COVID-19流行下でより多くの人々がホームセンターや家具店に足を運ぶようになったという報道もあるが、これを裏打ちするかのように、机、椅子、照明等の家具の不備を指摘する人が一番多い。

効果的なリモートワークには
環境整備も重要


 では、リモートワークの実施は、仕事のあり方にどのような影響をもたらすのだろうか。ここでは、重回帰分析と呼ばれる、学術的には一般的だが民間や公共の調査ではほとんど用いられない手法で、リモートワーク日数、リモートワーク環境(上述)、さらには職務特性などが、就業者の職務上の心理や行動に及ぼす影響について検討した。心理や行動とは、具体的には、「仕事エンゲージメント(ワクワク感)」「職務ストレス」「両利き行動(新たな領域へのチャレンジと既存業務の改善の双方を行う傾向)」を指す。
 リモートワーク日数が多い就業者ほど、職務ストレスをより高く持つと同時に、両利き行動に励む傾向が観察された。新たな就業環境は就業者にとって必ずしも心地良いものではないものの、その状況に適応するために積極的な行動を取っているのである。このことは、就業者本人のみならず、彼らを雇い事業を創出・成長させなければならない企業にとっても、必ずしも悪いことではない。
 リモートワークの実施者にサンプルを絞って、リモートワーク環境が就業上の心理・行動に及ぼす影響について確認した。分析の結果、家庭内でのインターネット回線および家具の不備が、仕事エンゲージメントを低める傾向が確認された。インターネット回線の不備は、就業者の両利き行動も阻害する。物理的環境が整っていないことの一定程度の影響が見られたわけだが、居住環境の空間的側面の影響については、今回の分析では見出されなかった。 
 リモートワークがより効果を発揮する条件、あるいは逆の条件はあるのだろうか。重回帰分析をさらに行った結果、リモートワークの効果に影響する幾つかの要因が見出された。例えば、ビデオ会議等のオンライン業務ツールに慣れた就業者は、そうでない就業者と比べ、リモートワークによって仕事エンゲージメントが高く、さらには両利き行動を取る傾向が見られる。企業としてリモートワークを導入する際には、従業員に対する技能取得の機会を同時に提供する必要がある。
 さらには、業務の成果の定義が曖昧な就業者は、そうでない就業者とは異なり、リモートワークが両利き行動を促進する傾向を示さなくなる。従来よりも「阿吽の呼吸」が通用しなくなる状況では、企業は従業員に対して、何を目指すべきかについての指針を示す必要がある。目標が明確になってこそ、従来業務の改善や新たな領域へのチャレンジが行いやすくなるのである。

 以上、リモートワークの普及の実態と、それがもたらすものについて検討してきた。ただし、リモートワークの効果については、企業と就業者の双方の習熟度合い、さらにはリモートワークの道具(ソフトウェアや通信機器など)の発展度合いによって変わってくる。数カ月後、あるいはそれより先の時点で同様の調査を行う場合、結果が変わってくる可能性は否めない。

2020/10/21 不動産経済FAX-LINE

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