企業は不動産とどのように向き合うべきか?<br> 東京大学空間情報科学研究センター特任教授 清水千弘

企業活動と不動産市場

 コロナ後の世界の模索が続いている。この問題に注目が集まっているが、どの報道を見ても短期的な事象をスナップショットのように取り出して写像しているものばかりである。都心では、オフィス賃料は長期的には下がることはない、新築マンション価格も下がらないなどと言われているが本当であろうか。今取引されているオフィス賃料が下がっていないから、新築マンション価格が下がっていないからと言って、コロナショックは不動産市場に影響を与えていないと言ってもいいのであろうか。答えは、Noである。

 不動産市場も経済市場の一部であり、市場は絶えず変化しているわけであるから、コロナショックもその後の世界も、一連のダイナミクスの中で考えなければならない。そのダイナミクスには、世界のどの都市でも、どのセクターでも共通に発生する普遍的な現象と、それぞれの都市またはセクターの個別性を持つものに分けて考えなければならない。そうすると、一定の法則性と均衡へと向かう普遍的なエネルギー・重力はどこに不動産市場を導こうとしているのか、そのドライバーが何によって動いているのかを理解しないといけない。そのような強いエネルギーを理解したうえで、個別の問題を見ていかないと、中長期的には誤った判断をしてしまう。不動産市場を展望していく上では、市場を正しく理解しないといけない。とりわけオフィス市場に与える影響は、なかなか難しい判断が求められているが、ここでは原則論に基づき詳しく考えてみよう。
 この問題を考えるためには、企業が不動産とどのように向き合うべきかといった古くて新しい問題を考える必要があり、そのような問題を突き付けられた経営者が、どのような答えを出すのかによって市場に与える影響が変化してくると考えればよい。

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、通勤が制限されるなど経済活動が停滞する中で、企業にとって本当にオフィスは必要だったのかが問われている。正確には、従来使用していたオフィススペースが、企業の活動において本当に適正な規模であったのかということが、働き方の在り方と併せて問われているのである。 
 どんな企業においても、会社を運営し維持継続するためには、何らかの形で不動産と関わりを持つ。企業は、オフィス・店舗・工場・倉庫といった不動産を使用して、財やサービスを生産し、「収益の向上」と「企業価値の最大化」を目指している。

企業のCRE戦略とは?

 CREとはCorporate Real Estateの頭文字を取ったもので、CRE戦略とは、「企業が保有する不動産」を戦略的に活用していくことを意味する。国土交通省は、2008年に「CRE戦略を実践するためのガイドライン」を策定した。同ガイドラインでは、「CRE戦略とは、企業不動産について『企業価値向上』の観点から経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方を示すもの」と定義している。同ガイドラインを策定する際のワーキンググルーブの座長を務めたが、この作成においては、停滞する企業の生産性をどのような向上させていくのかという視点を強く打ち出した。
 新型コロナウイルスによる影響は、経済活動に対して甚大な影響をもたらしている。もちろん経済全体の需要低下に伴い事業そのものに直撃している産業も多いために一概には言えないが、経営者にとっては、企業経営の効率化と生産性を維持または向上させるために、中長期的な視野の下で不動産とどのように向き合っていくのかという問題を時間に制限をもって強制的に検討させられていると言ってもいいであろう。そのような中でオフィスを撤退する企業もあれば拡張する企業もある。今までであれば、都心のオフィス市場は空前の低空室率からも理解できていたように、オフィスを拡張したくても拡張ができなかった企業は少なくない。その結果として、新規採用や事業拡大を断念していた企業もある。
 そのような中で、オフィス市場は生産性の低い企業から成長性が高い企業へと床が移転させることができれば、資源配分が効率化され、経済全体の生産性が一気に高まる可能性を秘めているとも言える。生産性が低く市場から撤退すべき企業は、これを契機として撤退し、生産性が高く成長すべき企業がオフィス床などを増床し成長していくことができれば、経済は全体として新しい成長に向けての準備を整えられる。その場合には、生産性に応じて家賃が支払われるわけであるから、単位当たりの家賃は上昇することとなる。

新しい不動産市場の行方

 このような行動は新しい均衡状態へと収束していく過程として捉えるべきであろう。そうすると、どのような均衡状態にどの程度の時間をかけて収束していくのかということが重要になる。今後収束していく均衡状態は、企業の生産性と雇用者となる家計の効用を維持または改善するような方向へと向かうと考えることが自然である。費用を最小化して、生産性が維持できるのであれば、オフィススペースを節約するように企業は行動する。また、オフィススペースを節約しながら、生産性を一層高めることができれば、このような動きは恒久的、かつ連続的なものとなるであろう。
 しかし、このようなマクロとしてのトレンドの中で、今までとは全く異なるオフィス機能が登場し、企業と不動産の新しい関係が構築されていくかもしれない。その姿の根幹にあるのも、企業の利潤の最大化と家計の効用を最大化しようとするエネルギーである。
 「企業にとって不動産とは何か?」「家計にとって住宅とは何か?」を改めて考え直す時を迎えている。そうすると、不動産の価値、または市場はどのようになっていくのかということが気になるところである。
 不動産を保有することのコスト、その逆が利益だが、ブリテッィシュコロンビア大学教授のアーウィン・ディワート教授と筆者の2019年の論文で整理しているように、不動産は投資財としての側面と、耐久消費財としての側面といった二つの顔がある。投資財として捉えると、不動産を購入することの動機はキャピタルゲインが中心となる。消費財として捉えると、不動産を利用してどのような効用を得ることができるのか、どの程度の生産ができるのかということが重要になる。しかし、同論文が示すように、家計も企業も短期的には二つの利益または費用の大小を見ながら選択することもあるが、長期的には、使用価値に基づく割引現在価値として投資価値も決定されることから、両者の価値は一致していくことになる。そうすると、使用する時間と活動、そこから産み出される家計であれば効用となり、企業であれば生産性をドライバーとして市場がどのように動いているのか、動いていくのかを見ていかないといけない。さらに、企業も長期的に利潤を考えれば、従業員の効用を最大化しないといけないことは、近年の働き方改革でも重視されてきたことである。

 コロナ問題をも含む、近年の社会構造の変化から、通勤時間や労働時間は短縮され、自宅や職場以外で過ごす時間が長くなっていた。家計は効用を最大化するように、住まう場所を決定していた。家計は、自然環境をも含むアメニティを消費して効用を得ることができることから、コロナショックのようなことがあったといって効用が低下するような場所へと移動することはない。その中で住宅消費も行われているわけであるが、その住宅に求める広さや機能だけでなく、消費機会の変化が立地行動を変化させていく。そうすると、どの国のどの都市でも、消費機会が多い都市部に集中するのは自然なエネルギーであり、それが変わることはないと考えるのが自然であろう。ただし消費対象と時間が、銀座などの職場の周りで同僚と過ごしていたものが、自宅を中心とした地域や家族・友人との時間が増加していくことを家計が選択すれば、消費地は変化していく。その中でどこが選ばれるのかと考えればいい。企業立地・商業施設立地も同様である。どのような均衡状態にどの程度の時間がかかり到達していくのかを見極めることが重要なのである。
 今後の不動産市場は、家計の効用最大化と企業の利潤最大化といった視点から見ていけば、自ずとこれから集積していくエリアや市場の姿が見えてくるであろう。一部の家計が郊外に転居したとか、企業がオフィスを解約したとか、また逆に最近契約されたオフィス賃料は下がっていないとか、新規のマンション価格は違っていないなど、短期的に見えている市場の変化に惑わされてはいけない。そのように見えているのは、市場全体の中では現象として見えている一部にしかすぎず、市場全体で起こっている、または起ころうとしている事象に目を向けていかないといけないのである。

2020/9/30 不動産経済FAX-LINE(2020/9/30発行の不動産経済FAX-LINEの原稿に加筆修正)

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