社会変化が都市のあり方に影響
前回(不動産経済Focus &Research No.1302・No.1313)まで観光地におけるブランディング事例を紹介してきたが、現在では観光に特化していない都市でも、ブランディングやそのアイデンティティの強化が求められるようになっており、それを推進させる都市政策を展開させている都市も少なくない。
その背景には大きく三つの社会経済変化がある。一つ目は、交通技術や通信技術、コミュニケーション手段の発達などで、人・モノ・情報が地理的・文化的制約を超えてより広範囲に行き交いネットワーク化するようになり、それに伴って都市間競争が世界規模で激化していることである。二つ目はシンボル経済の発達である。多くの人々は、商品やサービスではなく、シンボル(ブランド)に対する消費性向を強めている。これは、これまで述べてきた観光地のブランド戦略とも通底しているが、SNSなど個人単位で情報発信できる通信ツールの普及、さらにはグローバライゼーションによるシンボルの平面化・同質化によって、むしろそれらの動きとは一線を画するシンボルの価値が相対的に高まっている。三つ目は都市におけるコミュニティの紐帯が昨今、弱体化していることである。これは、コミュニティが従来のように生活互助組織としての役割を果たさなくなってきたためである。また、昨今のコロナ禍により、これまで地域コミュニティが主体となって運営してきたお祭りなどのイベントが開催できない事態も起きている。とはいえ、財政危機などから行政機能は脆弱化しており、それを補足するコミュニティの働きが期待され、コミュニティの求心性を高めるシンボルが求められるようになっている。これらについて述べていきたい。
都市の比較選択が可能に
まず、都市間競争の世界規模における激化については、交通・通信技術の発達等によって、都市レベルでは、企業や大学などの公的機関や観光客の誘致、さらには流出入人口の奪い合いという形で表出されている。これが顕著化したのは1993年にヨーロッパ連合(EU)が設立されて、制度面でのハードルが低くなったヨーロッパの都市である。
また、そもそも移動性が極めて高いアメリカ合衆国では、この都市間移動がダイナミックに展開されている。アメリカ合衆国の50州は、憲法に反しない限り、自由に法律を制定できる固有の強大なる権限を有している。それらには刑法、民法、商法、会社法などが含まれており、企業や大学は自分達にとって都合のいい生産環境を提供してくれる都市(州)を選ぶことになる。さらには個人レベルでも「足による投票」で、望ましい法律を有している都市(州)に移住していく。例えば法人税に関してアイオワ州は12%だが、ノース・キャロライナ州は2.5%と低く、さらにはテキサス州、ネヴァダ州、ワシントン州など法人税がない州もある(ただし、それに代わる税制度は有している)。消費税も州によって異なっており、例えばカリフォルニア州は8.66%(群・市によっても多少違う)であるが、その北に接するオレゴン州は0%である。消費税は買物をする場所で支払うので、敢えて消費税が低いところに引っ越すまでのインセンティブはないかもしれないが、企業にとっては法人税だけでなく、都市計画法なども異なるので進出する場所を戦略的に考えることになる。企業は関連産業を誘致し、雇用を創出し、地方財政をも豊かにする。学校等も同様である。優秀な人材を惹き付 けることができれば、このような人材を雇用したい企業をも惹き付けることができるかもしれない。「海老で鯛を釣る」ような都市戦略を考える自治体も出てくる(「創造都市」はそのような政策的意図が含まれている)。
海外移住に対するハードルはますます低下
興味深いことに、海に囲まれて自国と外国との対比が明瞭である日本でも、それは他人事ではない。企業の生産部門を中国など海外で展開しているだけでなく、富裕層や起業家がタックス・ヘイブンのシンガポールなどに移住するトレンドも生じている。お笑いコンビのオリエンタルラジオの中田敦彦氏が2021年3月にシンガポールへ移住して、世間の注目を浴びた。彼はYouTuberを仕事として展開させていくことを想定しているらしいが、YouTubeを介した情報は、そのシステムを支える情報インフラストラクチャーの発達によって、世界のどこにいても、インターネットと接続さえできれば発信できる。雇用機会を提供する都市という地理的制約から解放された人びとは、国境を越えて生活する場所を選択することが可能となっているのだ。中田氏の試みは、人のモビリティが格段に高まっていることを示唆している。
このようなモビリティが高く、情報化が進展した時代において、人々を惹き付け、企業を惹き付けるためには、都市ブランディング戦略が極めて重要な位置づけを有することになる。次号では、それらの事例を紹介したい。
2021/5/26 不動産経済Focus &Research