魔女の飛び立ちそうな丘に児童文学館が誕生(下)作家・五感生活研究所 代表 山下柚実

魔女の飛び立ちそうな丘に児童文学館が誕生(上)より続く

令和5年東京都江戸川区に開館予定の(仮称)江戸川区角野栄子児童文学館。内装も角野氏のテーマカラーの「いちご色」を軸に白を対比させて、ファンタジックな世界をつくり出す。日本の家屋は「庭屋一如」、つまり庭と建物が調和し一体となった状態を理想としてきたが、その思想を現代に活かししつつ生まれ出るのがこの児童文学館だ。

五感で本を感じる場所に


 設計パートナーの隈研吾氏は「デジタルの時代だからこそ五感で本を感じることができる場所ができたら」(2020.1.15 江戸川区webサイト)と語る。だから、建物だけを見てはいけない。周囲とのつながり・関係こそが重要だ。四季で変化していく花々から香りが漂い、丘を抜ける風の心地よさを肌で感じ、隣接するポニーランドでは子どもたちの声や蹄の音が響く。視覚、触覚、聴覚、嗅覚に働きかけてくる空間。そして「味覚の要素として、角野先生の世界観を映しここでしか味わうことができないデザートなどの提供もプランを練っています」(区担当者)というユニークさ。
 「江戸川らしさの一つが、子どもたちの活き活きとした姿にあります」と担当者は胸を張る。たしかに区の出生数は5907人、23区で3番目(2018年)の多さ。常に都内トップレベルの高い出生率を誇ってきた。“子どもたちが景観の大切な構成要素である”という江戸川区に、個性的な児童文学館が誕生するのは自然な流れかもしれない。

活き活きした暮らしが見える
まちづくりこそ景観行政のあり方

(仮称)江戸川区角野栄子児童文学館 内部イメージ


 江戸川区が熱心に取り組んできた景観行政の成果とも言えるだろう。
 一般的に「景観」と聞くと、電線・柱の地中化とか看板の規制や色彩基準の設定等に目が向きがちだ。しかし、同区は平成23年に景観行政団体になって以降、建物等のハード面の整備や視覚的要素の整備を超えた、奥行きある景観づくりを目指してきた。
 例えば参加型まちづくりの「アダプト制度」「景観まちづくりワークショップ」「えどがわ百景」などの活動を推進している。目指すところは「いきいきとした区民の生活が見えること。歩き、食べ、眺め、自然や歴史や文化を楽しむ姿がまちの中に見てとれることこそ、最先端の景観行政」だと区景観審議会初代会長の進士五十八氏(福井県立大学学長)は、繰り返し強調してきた。
 新たに誕生する(仮称)江戸川区角野栄子児童文学館の最大の魅力は、物語の世界を子どもたちに「提供」して終わりではない、という点だろう。「子どもたち自身が心を動かして、面白さを見つけ、感じて、そこから自分の世界を発見し、想像力豊かな心を育めるような」施設にしたいと角野氏は願う。だから、この施設の完成とは建物ができ上がった時ではなく、子どもたちが居心地の良さを感じ繰り返し遊びにやって来て、自分だけの使い方や居場所を発見した時―そう言えるかもしれない。

2021/3/24 不動産経済Focus&Research (旧・不動産経済FAX-LINE)

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