CBREリテールサービス本部 シニアディレクター本部長 奥村 眞史氏
―政府の緊急事態宣言が再発出された。
奥村氏 地域や業態によっては収益がコロナ禍以前の水準に戻っている店もあるが、訪日外国人客を含め街の人出がいつ戻るのかがさらに見えにくくなった。新型コロナウイルス感染症の拡大が顕著になり始めた昨年3月以降、新たに実店舗を出そうとする企業の数が激減している。出店需要が減退すれば小売店舗の賃料はコロナ禍以前の水準を保つことが難しくなる。結果として賃料相場の低下圧力が全体に強まっている。
―自社の仲介業務の状況はどうか。
奥村氏 昨年9月以降、新規出店の相談件数が徐々に増え、昨年末までに賃貸借契約に至った案件数も増加していた。だが感染の第三波が広がるなかで緊急事態宣言が再発出され、出店計画を延期ないし中止する事例が複数生じた。ただ街から多くの人が消えた昨春の宣言下とは違って一定数の来街者はあり、当初の計画通り出店するというリテーラーもいる。
―街の賑わいは場所により差が激しいようだ。
奥村氏 観光客とビジネス人口の比率や年齢構成などによって差がある。テレワークの拡大でオフィス街の人出は減っているが、繁華街では多くの若者を見かける。もともと訪日客数が多くなかった神戸・三宮のセンター街や名古屋の栄などは、かつての水準に人出が戻ったという印象がある。
―景気悪化の影響が深刻になるとの見方が強い。
奥村氏 家電や日用品などの需要は底堅いが、先行きへの不安から財布の紐を締めている人が多い。自宅に近い店舗で現物を確認してウェブで購入するという消費傾向も強く、繁華街に人出がある割に店舗の売り上げは増えていない。小売事業者の多くは昨春の緊急宣言で人の動きが止まったことなどによる打撃を引きずっており、出店する余力がなくなっている。
―Eコマース(EC)が拡大した。
奥村氏 ECの売り上げがコロナ禍以前の4~5倍に増えたという会社もざらにある。ただECでは対面営業のように消費者のニーズをきめ細かく把握できないといった短所もあり、EC主体の小売事業者が新たに実店舗を出す動きもある。
―欧米では実店舗にITを活用するリテールテックが急拡大している。
奥村氏 日本にも広がるだろう。例えば新宿や有楽町に店舗がある体験型小売業の「b8ta(ベータ)」は、来店者が商品を手に取った時間や、その後に何人が購入したかなどの微細な情報を店舗で集めている。一般的な路面店にもカメラで来店者の属性や動線を把握する動きがある。実店舗もECサイトのようにデータを収集・分析し始めている。
―小売り市場にポジティブな要素はあるか。
奥村氏 表参道や銀座でしか買えない商品があり、今のように多くの消費者が自宅に近い店で買い物を続けることには限界がある。商業の一等地では一度店を閉じると再出店が難しくなる。このため感染が収まるまで既存の店舗を守ろうという事業者も多い。
―いま新たに出店するのはどんな事業者か。
奥村氏 消費動向を把握するために実店舗を出したいという相談が多く寄せられている。床面積は小さくても来店者とのリアルな接点を確保したいという需要だ。実店舗の数を減らしつつ、物販やイベントなどを同時に行える多機能型拠点を構えたいという声が多い。EC専業やゲーム制作会社が都心周辺の実店舗で物販を展開するといった事例もある。
―他にどんな相談が増えているか。
奥村氏 未利用不動産の活用や売却、オフィスの移転・転貸などといった案件が昨年6月頃から急増した。ECの収益が増えている企業から物流網の再編を相談される機会も多い。
―小売り市場を短期的にどう展望する。
奥村氏 コロナ禍が長引けば訪日客が戻らず、既存店舗を維持できなくなる事業者が増える。その場合も主に国内客を相手にする業態には耐性があるが、収益は感染者の増減に左右される。そうした不安定な状況で新たに出店する事業者は少なく、店舗賃料も上がりにくくなる。一方、感染が比較的短期に収まれば消費活動が早々に回復し、企業の出店意欲も高まる。店舗で現物を見て購入したいという消費者は多いし、日本は感染収束後に外国人が訪れたい国の上位でもある。(日刊不動産経済通信)