コロナウイルス克服のためライフサイエンス分野へ追い風が吹き、アメリカの賃貸ラボ市場は一段と拡大が加速した。日本でも投資家の注目度は高まり、足元では、産官学の連携を模索してラボを備えたオフィスの開発を行うデベロッパーの動きが顕在化している。かつて新たなアセットと呼ばれた不動産は、保有するものから借りるものへというパラダイムシフトを遂げて流動化の道を拓いてきた。ラボ&オフィス市場の足元と今後の可能性を追った。
三井不がけん引、大手デベの開発が始まる
コロナ禍で拡大する米ライフサイエンス市場
日本でラボ&オフィス不動産(以下、R&D)の素地が築かれつつある。積極的に開発を行い、知見を蓄積するのは三井不動産。2016年に産官学の連携で一般社団法人LINK-Jを立ち上げると、コミュニティの構築、場の整備、資金の提供という3本柱でライフサイエンス領域の進展に注力してきた。R&Dとしては、2020年に「三井リンクラボ葛西」(東京・江戸川区)が竣工、2021年「三井リンクラボ新木場1」(東京・江東区)、2022年「三井リンクラボ柏の葉1」(千葉県・柏市)と次々に新拠点を供給した。さらに、今後の新規開発計画も新木場および柏の葉で公表している。また、大和ハウス工業は川崎市と協働し、同市殿町地区の国際戦略拠点「キングスカイフロント」内にライフサイエンス産業集積地を開発中。7月時点で3棟目となる研究施設が竣工してリーシングを行っており、大手デベロッパーがR&Dの開発へ徐々に姿勢を強めている。
日本のライフサイエンス分野をけん引する場であるR&Dは、製薬会社などが自ら土地・建物を保有し、機密性を重んじて開発を行ってきた経緯がある。だが、研究開発の高度化に伴い、製薬等に係る投資コストが増大したことから施設保有の負担は重く、開発効率の観点からは、大手企業であっても世界の開発スピードと自社のみで競合することが難しくなっている。コスト圧縮と効率化へいち早く舵をきったアメリカでは、90年代後半からライフサイエンス施設のリースが徐々に広まった。施設費の負担が減少した結果、参入障壁が下がり、ベンチャー企業の活発な挑戦とその実績への投資がさらなるイノベーションを生み出した。コロナウイルス感染拡大初期に多くの犠牲を出したアメリカは、ワクチン開発関連に約140億ドルもの予算を投入、ベンチャーキャピタル(以下、VC)からも莫大な投資が行われ、市場は拡大速度を増している。
なかでも、東海岸のマサチューセッツ州・ボストンや同ケンブリッジには、「研究施設の空室がほぼなく、在宅勤務の影響で空いたオフィスのコンバージョンを考えるオーナーもいるほどだ」(河内勝彦コリアーズ・インターナショナル・ジャパン キャピタルマーケット&インベストメントサービスディレクター)。マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学を母体とするベンチャー企業、そこへ投資をするVC、ベンチャーを吸収する大手企業という人・モノ・カネの厚みあるクラスターにより、R&Dアセットの需給はひっ迫した状況だ。
ボストンで研究施設を供給し、1997年からライフサイエンス特化型リートとして上場するのは、アレクサンドリア・リアル・エステート・エクイティーズ。同社は上場から2021年末までのトータル・リターンが、約25倍に膨らむという高成長を続ける。ポイントの1つは、ベンチャーを見極めるテナント審査で、同社は成長性を見極めてベンチャー企業へ投資を行う目利き力も有す。また、賃貸借契約はトリプルネットリースが一般的で、税金・修繕費用・保険料は賃借人が負担する。配管や床荷重、天井高など実験内容や導入機器によって変わる仕様をオーナーが負担しないための仕組みで、豊富な流入資金がテナントを支え、安定した運用が業界を後押しするという好循環が見られる。
動き出した日本のラボ&オフィス市場 オープンイノベーション需要で保有から賃借へ(下)へ続く
2022/8/5 不動産経済ファンドレビュー