飯田太郎(マンション管理士・TALO都市企画代表)
政府の中央防災会議がまとめた「首都直下地震の被害想定と対策について」によると首都直下地震が発生した場合、エレベーター閉じ込めにつながり得る住宅は約1万棟、約1万1,700台のエレベーターがある。閉じ込め者数は午前8時発生の場合約2,100人と想定している。平時に機械の故障等で閉じ込めが発生しても、カゴ内のインターホン等を使ってエレベーター保守会社等に連絡をすれば数十分、遅くも数時間以内に係員が駆けつけ救出してくれる。しかし、首都直下地震のような大地震が発生し、各地で建物の倒壊・火災・道路閉塞等により社会全体が大混乱に陥るなかで、エレベーターに閉じ込められた人を迅速に救出することができるものだろうか? マンションの地震対策の重要なポイントであるエレベーターの閉じ込めについて考える。
エレベーターに閉じ込められた者の救出について法令の定めはないが、一般の人が救出作業を行うと昇降路への転落等の危険があるため、エレベーター保守会社と消防隊が専ら行うこととされている。閉じ込めが出た場合の対応について、マンションの居住者は「救出まで落ち着いて待つように」と教えられているだけである。
大地震で多くのエレベーターで閉じ込めが発生し、エレベーター保守会社や消防隊が到着するまでにどれほど時間がかかるか見通せない場合でも、外にいる者はインターホン等で閉じ込められた人を激励する以外に対応策はない。停電すればバッテリーで動くインターホン等を使って会話ができる時間は限られている。
2005年7月23日、千葉県北西部を震源とする最大震度5強の地震が発生したとき、首都圏で約6万4000台のエレベーターが運転を停止し、78台で閉じ込め事故が発生した。これらのエレベーターの7割以上は震度4以下の地域にあり、比較的震度が小さかったにも拘わらず、多くの閉じ込め事故や運転停止が生じたため大きな社会問題になった。救出活動はエレベーター保守会社や消防隊が行ったが、最大で185分かかったケースがあった。
こうした事態を重くみた社会資本整備審議会建築分科会建築物等事故・災害対策部会は、2006年4月に「千葉県北西部を震源とする地震等の教訓を踏まえたエレベーターの地震防災対策の推進」について検討を行い、制度の見直しを含むエレベーターの地震防災対策を早急に推進することを求める報告書を発表した。
報告書はP波感知型地震時管制運転装置の早急な義務化等の装置の改善や保守会社の体制整備を図るとともに、エレベーターシャフト内に立ち入らず救出可能な場合について、建物管理者等が救出できるよう講習を実施することなどを建議した。
この建議を受けて2007年、(一社)全国ビルメンテナンス協会はエレベーター保守会社と連携して、一定要件を備えたビルメンテナンス会社の従業員がエレベーターに閉じ込められた人を救出できる「地震・停電等広域災害時のエレベーター閉じ込め救出対応制度」を設けた。この制度により「閉じ込め救出作業者」の認定を受けるためには所定の研修を受ける他に、ビル設備管理技能士等の資格を保有していること、その従業員が所属するビルメンテナンス会社がビル所有者からエレベーター保守業務を含む設備総合管理業務を直接受託しているといった条件がある。2007年9月から2018年3月までに633人が「閉じ込め救出作業者」の基礎研修を受けたが、研修対象となるビルメンテナンス会社が少ないこともあり現在は休止している。
新時代の管理運営を探る㊽ 首都直下地震等に備え公民の連携で実施可能なエレベーター閉じ込め対策を(下)へ続く
2021/7/5 月刊マンションタイムズ