特集;東日本大震災から10年・今村文彦 東北大学災害科学国際研究所所長

 東日本大震災の発生から今年は10年の節目となる。被災地の復興はどこまで進んでいるのか。この10年で防災への取り組みはどう変わったか。政策の変化、その成果は。東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)の今村文彦所長に、防災の枠組み構築や被災地支援の成果と課題を聞いた。IRIDeSは「千年に一度」の地震・津波被害を解明し、その成果を経済や医療、都市計画など多分野に還元する専門家組織だ。

災害予測の精度向上へ投資の枠組み整備を―住民帰還・地域振興へ産業創造が不可欠

   東北大学災害科学国際研究所所長 今村 文彦氏

 ―この10年で人々の防災意識はどう変わったか。

 今村氏 発災直後に災害に備えようという機運が一気に高まったが、年月とともに沈静化していった。だが16年11月と先月(2月13日)に福島県沖を震源とする大きな地震が起きた。3・11から5年ごとに起きた2つの地震は自然からの警告だととらえている。2月の地震では東北新幹線の運行再開に10日程度かかり、交通インフラ整備の面で課題も浮かんだ。

 ―研究活動の成果を伺う。

 今村氏 IRIDeSの設立で多様な専門分野の研究者が連携し、成果を社会に還元する体制ができた。復興の過程で被災地のニーズが変わってきたこともあり、設立4年目に分野横断的な研究体制に組み替えた。10年の主な取り組みでは、震災の記憶を風化させないようアーカイブ(保存記録)を構築した。津波による海面変動を即時的に監視し、気象庁の津波警報に反映させる仕組みも作った。先月には東京大学地震研究所、富士通らと、スーパーコンピュータの「富岳」を使って沿岸域の津波浸水を3m単位の高精度で予測するAIモデルを開発した。

 ―開発したモデルの独自性は。

 今村氏 汎用性が高い点だ。多くの沖合波形や臨海部の浸水事例をAIに学ばせ、市販のパソコンでも発災時の津波浸水予測を出せるようにした。行政や企業などの防災担当者が数秒程度で津波の浸水範囲を把握し、地域住民に対し的確に避難行動を促せる。大津波が予想される南海トラフ地震への備えに主眼を置き開発した。気象庁など官民に広く導入してほしい。

 ―今後AIモデルをどう発展させる。

 今村氏 地殻変動や地盤の隆起・沈降などのデータも織り込み、浸水予想の範囲と精度を高める。同時にスマホやカーナビで多くの人が使えるようにする。地図情報に浸水予想データを乗せ、安全な方向に誘導したり、代替路線を提案したりできるよう改良する。

 ―3・11後に被災地に入り自治体支援を展開した。

 今村氏 発災から10年が経過し、支援内容はハードからソフトに移った。今は地域のコミュニティ形成や心身ケアなどを重視している。コロナ禍もあり、被災地に限らず広域的に精神的にダメージを受ける人が多い。IRIDeSの災害医学チームの出番だ。

 ―被災地では集団移転で元の住民が離散した。

 今村氏 自治体が作った復興まちづくりの計画通りに地域住民が戻ってこない点が問題だ。陸前高田市や南三陸町などの事例が顕著だが、事前の想定よりも帰還する住民が少ない。住民の帰還を促すには魅力的な産業を生み出すことが不可欠だ。

 ―東北大キャンパスに次世代放射光施設ができる。

 今村氏 23年に稼働する予定で、稼働をにらみ地震計やハザードマップなどの国際規格となる「防災ISO」を定める活動も始めている。東北大のキャンパスは、先端技術で社会課題の解消を試みる内閣府の「スーパーシティ構想」のモデル地区でもある。創業や企業誘致などの産業振興が見込まれる。

 ―震災の記憶を伝える活動も展開している。

 今村氏 未曽有の大災害の経験と教訓を広く伝えようと、東北の産官学で「3・11伝承ロード推進機構」という組織を作った。被災地の震災遺構や展示施設を連動させ、多くの人に防災・減災の備えを促している。東北の観光と防災学習を絡めたツアーを新しい産業として育てていきたい。

 ―研究活動と地域支援の課題について。

 今村氏 地震・津波や台風豪雨、大雪、感染症など多様な災害に対応できる安全なまちづくりを考えなくてはならない。災害予測の精度を高め、不確定要素に対応するには事前の投資が重要だ。公的予算に加え、機関投資家などから資金を集める必要がある。欧州の国々は災害対応に巨額の予算を投じている。日本も現行の予算措置では中長期的な対応が難しい。災害リスクファイナンスの体制整備が待ったなしの状況だ。

 ―研究の目標を伺う。

 今村氏 世界的に10年後の2030年が1つの節目だ。15年に国連加盟国に採択された「仙台防災枠組2015~2030」や、気候変動抑制の国際的枠組みである「パリ協定」の最終年でもある。我々もそこを当面のゴールに設定している。4月には複合災害に即応できるよう研究体制を見直す。組織変更で専門家同士の融合を促し、研究成果を最大化させる。(日刊不動産経済通信)

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