管理メニューの幅が広がるー労働集約型の脱却、人手不足解消なるか
マンション管理業界におけるデジタル化が加速している。ITを活用したマンション管理業務の効率化は、管理員不足を補う省力化にとどまらず、マンション管理業務に管理会社を介在させない自主管理支援アプリの登場、マンションという共同体で利便性を高めるためのサービスの開発へと多角的な展開を見せた。そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)によって、「データの蓄積」から業務改善や新たなサービスの開発へと進化を遂げようとしている。管理業界が長年抱えてきた労働集約型の産業構造と慢性的な人材不足、住民や管理員の高齢化といった課題に、新型コロナウイルス感染防止のためのデジタルによる非接触への取り組みが背中を押した。業界の動きを通して、管理業界のデジタル化の進捗を探った。
管理員の省力化 問われる業務の見直し
企業の定年延長などによりマンション管理員の採用が難しくなってから数年が経つ。加えて、管理員の高齢化と雇用を維持するための賃上げが管理会社の収益を圧迫する事態となっている。そんな中、マンション管理員の省力化に関する取り組みが複数社で行われている。2017年に大京アステージがAIによる音声対話による住民からの問い合わせ対応を行う「AI管理員」の実証実験を開始して以降、2019年に穴吹ハウジングサービスが管理員を常駐させないマンションに専用端末であるARC(あなぶきリモートコンシェルジュ)を設置し、一部の地域で管理員を常駐型から巡回型への切り替えを始めた。昨夏はセントラル警備保障とコムシスが大和ライフネクストの管理受託マンションで管理員省人化システムの試作機の実証実験を開始するなど、管理員の省力化の動きは業界に拡大しつつある。
マンションのエントランスに自動受付システムを備えた機器を配置し、共用施設の予約や鍵の貸出・返却、台風の注意喚起などを画面表示する事例がみられたが、これらをマンション居住者のスマートフォンやタブレットで行えるようなシステムを検討する会社も現れている。こうした省力化により今後、管理員の配置や勤務時間、業務内容の変化がより多くの会社で行われていくものとみられる。
マンションの躯体の検査の分野においてもデジタル技術の導入が進められている。長谷工コーポレーションはこれまで、先進技術導入による事業モデルの再構築を進めると共に、DXによる生産性改革に取り組んできた。同社はその一環で、アウトソーシングテクノロジー社とマンションの外壁タイルの打診検査のMR(複合現実)を活用したシステム「AR匠RESIDENCE」を共同開発し、昨夏から長谷工リフォームが建物診断を行う関東エリアに導入した。
従来の打診検査は2人1組で行い、1人が打診検査を、もう1人が外壁の浮きやクラックの記録と写真撮影を行い、検査後、報告書の作成を行っていたが、AR匠RESIDENCEは検査員1人がマイクロソフトのヘッドマウントディスプレイを装着し、タイルの打診検査を行うと報告書が自動生成される。長谷工によると実証実験で全体業務の約30%が削減できることが判明したとのことで、労働者不足や感染症予防の観点から1人で検査を実施できる。今年は妻壁や足場上等でも活用し、建物診断から修繕工事へと活用の範囲を拡大していく方針で、AIを活用した点検データの傾向分析や外壁劣化検出も進める考えだ。
自主管理支援アプリの登場ー管理の選択、幅が広がる
三菱地所コミュニティから新設分割したイノベリオスが開発した自主管理支援アプリ「KURASEL」の登場により、アプリがマンション管理業務を担うという新しい発想を業界に持ち込んだ。今までマンション管理会社が担ってきた管理組合における所有者・居住者情報や契約・発注管理、理事会資料の保管・閲覧、収支状況や支払管理などをスマートフォンやウェブ上のアプリで一元管理するものだ。アプリの利用料金は1管理組合当たり月額3万5000円、総戸数200戸以上の管理組合は1管理組合当たり月額5万円という設定で、アプリを利用して自主管理することで管理会社に委託するより年間200万円ほどコストが削減できるという。管理委託費の減額の必要からリプレイスを繰り返す管理組合に対して、管理会社が介在しない自主管理にアプリの利用を組み合わせるという新しい管理の選択肢を示した。
今後、人件費の高騰から管理会社に支払う管理委託費は増え続ける傾向にある。管理会社としても管理組合に値上げを要求し、値上げを受け入れられない管理組合の受託は手を引かざるを得ない状況が発生している中で、管理会社側からの解決策の提示でもあった。今後、管理委託費の削減に向けた管理業務そのものの見直しの作業は、他社が追随する可能性があり、すでにリプレイス物件を多く抱える管理会社ではこうした管理業務の簡素化・IT化に向けて準備を始めている。
一方で、高齢化による管理組合の成り手の不足から管理委託費の支払い能力が高いマンションで第三者管理に関心が高まるのではないかと見る向きもある。マンション管理アプリを使う簡素化したものから、プロによるきめの細かい第三者管理までさまざまなタイプの管理メニューを管理組合が決めていくこととなる。管理会社がそれぞれのマンションに適したメニューを取り揃えることができるかが問われることとなりそうだ。
月刊マンションタイムズ 2020年2月号