シリーズ;不動産の”正直営業”はどこまで可能か??②「正直不動産」原作の夏原武氏に聞く(中)
夏原武氏(22年3月、小学館応接室にて)

不動産業界のみならず一般ユーザーへも人気が定着しつつある漫画「正直不動産」(小学館)。コミックスは紙と電子合わせて220万部を売り上げている(紙は発行部数、電子はダウンロード数)。4月からはNHKで連続ドラマの放送が予定されている。「正直不動産」の原案者である夏原武氏に、作品を作りだす過程で不動産業界をどのように見たのか、これまでの反響に対する受け止め方や今後のストーリー展開がどうなるのかを聞いてみた。取材には「正直不動産」を担当する小学館ビッグコミック編集部の田中潤・副編集長も同席した。

シリーズ;不動産の”正直営業”はどこまで可能か??①「正直不動産」原作の夏原武氏に聞く(上)より続く

両手取引の是非についての議論は昔からある

夏原氏 両手が認められているのは、不動産仲介の利益率が実はそんなに高くない商売であるということが裏側にある。片方から「3%プラス6万円」しか取れない。しかも契約が成立するまでに基本的にお金が一銭も入らない。どんどん決まればいいが、1つの案件で時間が掛かるとするなら、コストが嵩んでしまう。だからそんなに割が良くない。でも両手にすれば手数料が倍になる。それなら回る、という意識があるのだと思う。

両手を禁じて片手取引にすべきか

夏原氏 元付と客付が分かれていれば、それぞれの利益の代弁者として行動してくれるのだろうが、それが1人となると大体は売主の方を見てしまうのではないか。売り物がなければ商売にならないからだ。外部から見ていると両手の場合は一体どちらの立場で動いているのかということだ。ただし両手取引は違法ではない。だから両手をやる場合には、買主側の目線も持って欲しいと思う。別に売主に損をさせろというのではない。売り手も買い手もウィンウィンの関係になることが理想だ。取材を通じて、そこを目指している業者が増えてきているとも感じている。AD物件なのに手数料を平然と取るような業者は減っている。でも手数料ゼロというのは威張って言うことではない。取るものは取っていいはずだ。取ったことに対する付加価値をつければそれでいいのではないか。

手数料至上主義になっている

夏原氏 手数料に上限があると、その中でしか仕事ができないことになる。だから基本的に仲介手数料の上限は取り払うべきだと思っている。業者によって3%でなくて4%、5%があってもいい。その代わり高い手数料を得ようとする業者が生き残るために何かをしなければいけないだけだ。例えばアフターサービス的なことをもっと小まめに行うとか。それによって口コミでお客が広がっている業者もいる。取材を通じて知り合った、誠不動産(東京・渋谷)の鈴木誠社長は、仲介だけで管理まではやっていないが、お客さんから電話があれば夜中でも飛んでいく。だからものすごく信頼されている。実際にそこまでやるかどうかは別にして、そういう高い意識があれば手数料の上限なんていらないはずだ。一方で今はAD物件が増えているから、その収入で手数料を取らないというやり方もあるかもしれない。世間的に不動産業のイメージはまだ悪い。昔のブローカーみたいなイメージで見られているからだ。

©️大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

手数料以外に収入を得る方法について

夏原氏 物件案内をずっとタダでやらされている。これは業界としてなんとか改善できないかと思う。物件案内だけで疲れてしまって、その中から決めてくれと、営業がどこか強引になってしまう。お客の前で「決まりそうです」みたいな嘘の電話を掛けたり姑息な手段が横行する。お互いに時間の無駄だ。だから物件案内だけでもフィーを得られる仕組みが必要だが、現状ではお客から取るのは難しいと思う。例えば不動産流通4団体が、それぞれの会員に対して契約で得たお金の一部をプールしておき、案内の件数に応じてそのお金を営業社員に返していくようなやり方が一つの方法だろう。業界団体としていいやり方を考えていただけたらと思う。一方で営業マンの気持ちもわかる。ノルマ制だから月末に数字が上がっていなければ給料が無くなるようなものだ。年度末になると自分の会社の社員が買う「自爆営業」もある。低い成果報酬とノルマが不動産営業を追い詰めている。 

©️大谷アキラ・夏原武・水野光博 / 小学館「ビッグコミック」連載中

不動産営業にノルマはつきものだ

夏原氏 会社がそう決めて社員も納得してその会社に入っているから、仕方ない部分はあるのかもしれない。向き不向きがはっきりしていて、会社によっては新卒の9割が1年で辞めていく厳しい業界だ。だが長い目で見れば、社員はなるべく長く働いた方が会社にとってもいいはず。一方でノルマは営業のモチベーションを上げるし、ノルマをこなせれば若くてもかなりの報酬を得られる。月収100万円のレンジは他の仕事ではなかなかない。営業社員のプライドを高めることも必要だ。今後は宅建資格がないと不動産営業をしてはいけないという時代が来ると考えている。取材を通じて知り合った、不動産流通システム(東京・中央、深谷十三社長)という会社は営業社員全員が宅建資格保有者だ。宅建士の独占業務の一つに重要事項説明がある。ただし実際には宅建資格を持っていない人が営業をしていて、それまで営業に何らタッチしていない、これまでの経緯を何にも知らない人が宅建士であるというだけで重要事項説明を行なっている。こうしたケースは大手企業でも同じで、別の人が重説するケースが普通。連続性がない。それで果たして顧客が満足するのだろうか。他の国家資格の中で宅建は大した資格ではないと見られることが多いが、実際の宅建試験は難問・奇問が多くて難しい。宅建の社会的評価を上げる取り組みを業界としてやっていくことが必要だ。

宅建の社会的評価を高めるにはどうすればいいか

夏原氏 宅建は受験しない一般人にとっては分かりにくい。宅建士が一体何をしている資格者なのかをもっと世間へ知らせないとダメだ。不動産屋になる人が取る資格で重説の時になって出てくる人、ではなくて、宅地建物取引の専門家として様々なこと、土地建物の評価もある程度はできる立派な士業であるとか。資格の中身がどうしても分かりにくい。それでどうして宅建士という資格があるのか、一般の人にも知ってもらう機会を増やしてほしい。社会的評価がどちらかと言えば低い資格だと思うが、それに比べ司法書士や行政書士はその名称や業務内容はある程度は認知されている。

 

宅建業の団体はあっても宅建士の団体はない

夏原氏 司法書士や行政書士などは士業ごとに団体があって、そこに登録しないと開業できない仕組みだ。一方で宅建業は国土交通省が管轄している。宅建業法では宅建業の規定と宅建士の規定が入り乱れていて、非常にわかりにくい。宅建業は、宅建士の独占業務が重説など一部に限られ、それ以外は誰でもできてしまう。取引で一番重要であるはずの重説ができないような人が、口八丁・手八丁で営業をやっている。宅建無資格者による営業は、プロ対プロであればいいとしても、プロ対アマだとすれば問題だ。プロ同士ならわかった上でババ抜きをしているが、素人相手にババ抜きをしてはならない。事故になる。そこは大きく変えてほしい。だから宅建営業は免許事業の要件として、宅建業者の営業社員は全員、宅建士資格保有者とする。そうすれば様々な問題が必然的に改善するはずだ。将来的に宅建士の団体も必要ではないか。そこが一種の圧力団体のようになって、業界に様々な意見を言う。すでに時代遅れになっている法律や制度、例えば借地借家法の改正についても声をあげることができるはずだ。既存の制度は様々な矛盾を抱えている。

シリーズ;不動産の”正直営業”はどこまで可能か??③「正直不動産」原作の夏原武氏に聞く(下)へ続く

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