不動産業界のみならず一般ユーザーへも人気が定着しつつある漫画「正直不動産」(小学館)。コミックスは紙と電子合わせて220万部を売り上げている(紙は発行部数、電子はダウンロード数)。4月からはNHKで連続ドラマの放送が予定されている。「正直不動産」の原案者である夏原武氏に、作品を作りだす過程で不動産業界をどのように見たのか、これまでの反響に対する受け止め方や今後のストーリー展開がどうなるのかを聞いてみた。取材には「正直不動産」を担当する小学館ビッグコミック編集部の田中潤・副編集長も同席した。
「正直不動産」の作品化に至った経緯は
夏原氏 2003年に連載開始した「週刊ヤングサンデー」で詐欺を主題とする漫画「クロサギ」の原案を担当した。クロサギは42巻ものロングラン作品で、その時の担当編集者が田中副編集長だった。かれこれ20年近い付き合いになる。そしてまた何か新しい漫画をやろうという話になったときに、テーマとしてはおカネが絡む話。その中でも不動産がいいのではないか、という話になった。不動産は関わらない人がいない商材だ。あらゆる人が借りたり貸したり売ったり買ったりと、大人ならば必ず何らかの体験をしている。ところが調べてみると、不動産は一般消費者にとって身近な割には、一般人と業界の情報格差があまりにも激しい業界でもあることが浮かび上がってきた。
不動産取引の問題点に気づかれたと。
夏原氏 それで一般消費者の目線で見て、これってどうなってるの?よくわからないよ?みたいなことを一つ一つテーマとして取り上げていけば面白い作品になるのではないか。そういう話を2人でしていた。ではストーリーにどういう特徴をつければいいか。例えば主人公が「嘘がつけない」というのはどうだろうか。別に不動産業界の人たちが嘘つきだというつもりはないが、喋らなくてもいいことは言わなくても良い、バレなければいいという意識が恐らくあるのではないかと考えた。でもそういう、言わなくていいことも全て喋ってしまう。そういうキャラクターだとしたら、果たしてどうなってしまうのだろう?と。大まかなストーリー展開と主人公のキャラクター設定を固めて作品化に至った。
「嘘がつけない」キャラクター設定をなぜ思いついたのか
夏原氏 契約後にトラブルになる可能性が、実はわかっているのに、あえて伝えていないということもあるのではないか。契約前に言うと業者が損するとか、あるいは契約そのものが取れなくなってしまうとか。重要事項説明でも説明がなされていない、そんなことがあるかもしれないと考えた。不動産営業に限らず、営業の仕事は全部喋ってしまうとまずいことがいっぱいあると思う。だから聞かれてもいないことについて喋ってしまうという設定にすると、何かとんでもないことになるのではないかと考えた。
「正直不動産」のネーミングは?「正直」と「不動産」というアンバランスな組み合わせがユニークだ
夏原氏 これは私ではなく、田中さんが名付けた。「正直不動産」は分業制で創っている。私が原案を書いていて、それを漫画にしやすいように脚本を組み上げていく脚本家がいる。その脚本を漫画家が見て、漫画家なりに作品にしていく。出口は漫画家だ。
紙と電子で220万部。今の反響に対する受け止め方は
夏原氏 一般消費者としての読者は、単純な驚きや「やっぱりあの出来事っておかしかったんだ」みたいなものがあるのではないか。部数もだいぶ出たことで創作側の人間としては素直に嬉しいし、やっぱりみんな不動産には興味があるんだなということが確認できた。不動産はどんな人も必ず関わりがあることだから、ちょっと読んでみようという気になったのではないか。
一方で、不動産業界の方からの反響をかなりいただけている。中でも仕事を真面目にやろうとしている人からの支持がすごく強い。そういう人が、こういう話があると教えてくれたり、他の業者の方を紹介して頂いたりしている。連載スタート最初は、不動産業界から多少の反発があるかもしれないと思っていたが、そういうネガティブなご意見はあまりいただいていない。むしろ不動産流通推進センターで業界人を前に講演させていただく機会にも恵まれた。
「業界の反発が少なかった」ことについて
夏原氏 反発を受けると思っていたのは、一般消費者が知らなくても良いことは知らせなくてもいい、余計なことを言うなという環境があると思ったから。でも蓋を開けると、あまり反発のようなものはなかった。これは私の勝手な想像だが、もし「正直不動産」に対して文句を言ったとすると 「悪徳不動産屋」と思われるのかもしれないから、あえて言わなかっただけなのかもしれない。そこはわからないが。でも実際に取材で業者を回ってみて、嫌なことを言われたことがない。むしろこういうことがあるから書いてよ、といった意見をいただく機会が多い。業界を変えたいと思っている人はたくさんいる。
業界を変えたい思いがある人はどういう人か
夏原氏 会社の規模でいえば中堅もあるし中小・零細規模の業者もある。大手については、財閥系仲介会社の現場の人や幹部と話していて感じることだが、業界がこの先今のままでいいとは思っていない。ただし特に大手の場合は業界横並び的なところがあって、皆がやっているから大丈夫、という雰囲気を感じている。例えば両手取引だ。両手の比率が高いのは結局のところ大手だ。なるべく多くの両手を取るということが慣習化してしまっている。だから自分たちがやっていることは間違ってないという意識がどこかあるのではないか。