【地域活性化】 なぜ三重県関宿は開店ラッシュなのか―歴史的町並み保存に民間の力を活かせ― 作家・五感生活研究所 代表 山下柚実
作家・五感生活研究所代表 山下柚実

「伝統的建造物群保存地区」という制度について耳にしたことがある方は多いのではないか。1975年に創設された町並みを保存・継承する国の支援策だ。文化財保護法の改正により歴史的町並みを「文化財」として捉え直したことが契機となった。

中でも特に価値の高いものを「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)に選定。当初は全国でたった7地区だったが46年を経た今、126地区にまで増えている。商家、武家屋敷群、土蔵造、港町、寺町、花街・・・さまざまな固有性のある景観が各地で文化財として保たれてきた。

しかし今、歴史的な集落・町並みの維持が大きな課題に直面しているという。

賛成派と反対派が分断

三重県関宿が抱えた葛藤とは?

1984(昭和59)年、21番目に重伝建に選定された三重県関宿は東海道五十三次47番目の宿場町で西の玄関口と言われ、1.8kmにわたり江戸後期~明治期の町家が約200棟も保存されている(写真1)。難所の鈴鹿峠を目前に控え、東海道から伊勢神宮方面への分岐点として栄えた宿場だ。ここで創業約380年の老舗和菓子屋「深川屋陸奥大掾(ふかわやむつだいじょう)」(写真2)を営む服部亜樹氏(14代)に話をお聞きした(写真3)。

「当初、『関宿は観光地ではない』というのがみんなの思いでした。暮らしながら保存していくことがテーマであり、外側だけ古い建物の雰囲気を保ちながら実は人の暮らしがないような中途半端な保存には、したくなかったのです」。

関宿のまちなみ保存活動の過程は、ある意味壮絶な歴史でもあった。保存制度は市町村からの届け出によって文科相が審議会に諮問し選定される仕組み。建物の外観など変更が制限される一方、国や県等から補修費等の支援が受けられる。関宿では当初、町長が独断に近い形で選定へと動いたため、制度の意味や運営の詳細について住民の理解は進まず反発の理由にもなった。

「自分の不動産なのになぜ自由にできないのか、というとまどいや反感もあって、住民は反対派と賛成派に分かれ、その対立は20年程続きました」

小さな町の中での反対派と推進派の対立。厳しい試練が、しかしその後一気に解消していく転機が訪れる。

住民対立を大きく変えたテレビ取材

「テレビです。東海道400周年の節目の年(2001年)に、旅番組や紀行番組が増えたり雑誌等の取材などもあり、頻繁にマスコミに取り上げられるようになりました。それまで全国的には知られていなかった宿場にもスポットライトが当たるようになったのです」

皮肉にも、外から注目され高く評価されると「実はすごい場所だったんだ」と住民は地域の価値に気付く。関宿でも一気に町並み保存の機運が高まっていった。「今日は団体客がいるから外に洗濯物に干すのをやめよう」といった行動も自然に生まれてきた。むしろ「重伝建」に指定される「メリット」の方に注目が集まり、固定資産税の免除や修理の際の補助金が上限800万円まで出る、といった制度の理解も進んだ。保存活動の会員は100名を超え、全国各地から寄付も集まった。

しかし、「その頃がピークだったんです」と服部氏は振り返る。いったいなぜ、保存活動はピークアウトしてしまったのか。

高齢化と空家増

コロナ禍の中で反転攻勢へ

「高齢化が進むと空き家が増え、若い人はどんどん外へ出て行くばかり。保存活動のメンバーも20名ほどにまで減りました」。平成の市町村合併も拍車をかけた。町は亀山市に吸収されて関支局のスタッフは減り行政の関心も低下していく一方。空き家が目立っても効果的な対処方法が見つからないまま、とうとうコロナ禍へ突入した。

しかし、指をくわえて見ているだけではないのが老舗の大将だ。服部氏が反転攻勢に出たきっかけとなった出来事があった。

「空き家の屋主が、ある大阪のチェーン店に土地を売ろうとしたのです。しかも、そこは関宿の玄関口に当たる最高のロケーションでした」

玄関口の景観が守れなかったら、関宿全体の環境も守り続けられない。服部氏は一念発起してその土地を自ら購入し、2020年12月に三重県の物産を販売する「関見世 吉右衛門」、その隣にカフェ「茶蔵(さくら)茶房」を21年3月にオープンさせた(写真)。壁は蔵をイメージしてよろい壁に仕上げ、中庭の塀には作家・SHETAが考案し服部氏らと完成させたミューラル(壁画)アートが躍る。

カフェ「茶蔵(さくら)茶房」

民間の力を活用、開店ラッシュ状態に

「地元のじいちゃんばあちゃんは『度肝を抜かれた』と言ってましたね。外観はきちんと伝統建物の景観に揃え、中に入ると現代的なアート・カフェが現れる空間です。ぜひ若い人たちに『映える』場として楽しんでほしい。そして関宿を散策し古い町の魅力に気付いてほしい」

新たな世代を呼び込む果敢な挑戦は、予想外の効果も生み出した。後に続けとばかり地元や外から店をやりたい人々が次々に現れ、関宿は開店ラッシュ状態に。フランス料理店、民芸品店などすでに10店舗以上が開店、あるいは開店準備中だという。

町並み保存も行政に頼る時代は終わった。民間の力を駆使してこれからのまちづくりをしたい、と服部氏は言う。そしてもう一度、文化庁に取り組んで欲しいことがある、と。

「現在の126地区の重伝建の中から、改めて頑張っている地区を『特別伝統的建造物群保存地区』として選び直してもらえないだろうか。きっと、新たな息吹が出てくると思います」

不動産経済Focus &Research

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