イメージ具体化の成功例 ―増加する都市ブランディングの重要性(5)―龍谷大学政策学部教授 服部圭郎

都市の歴史が有していた風格を維持・強化する試みは欧州を中心に展開されてきたが、最近では日本の都市でもみられる。例えば京都市の先斗町。鴨川と木屋町通りの間を南北に繋がる京都の五花街の一つである。狭いところでは1.6mという自動車が走行できない道幅がつくりだすヒューマン・スケール、お茶屋や飲食店などの伝統的建造物が建ち並ぶ景観は見事に「京都らしさ」を表現している。祇園と並び、人々が京都に求める景観像を具体化した場所であると言えよう。近年、(とみ)に人気スポットとなり、コロナ禍以前は狭い街路空間に内外の観光客が溢れていた。

住民の取り組みで

「らしさ」を取り戻した町

しかし、この先斗町、20年ぐらい前まではそれほど「京都らしさ」を纏っていなかった。いや、もちろんそのヒューマン・スケールといった空間構造は同じだ。ただ、その表層的な装いなどは大きく違っていた。1990年代後半、筆者がここを訪れた時、河原町から先斗町に入るところにはキャバクラやちょっといかがわしい感じの店舗が立地していたことを覚えている。舗装もいわゆるアスファルトで、現在のような洗練された石畳と違い、風情が感じられないものであった。また、最近の先斗町には千鳥の提灯を掲げているお店が多いが、当時はそのような空間の統一感を象徴したものはなかったか、あっても気づかないほど少なかった。そして、何より狭い街路に無粋な電信柱が林立し、空は錯綜した電線で覆われていたが、現在はすっきりとしている。前回紹介したプラハの「王の道」のように、この先斗町も最近であればあるほど、昔のような風格と伝統を感じられる景観になっているのである。

先斗町に大きな変化をもたらしたのは2009年に「先斗町まちづくり協議会」が設立されたことが契機になっている。これは先斗町の7つの町内会から構成されている組織である。2007年に京都市新景観政策が策定され、京都市屋外広告物条例が改正施行されるなど、京都における景観議論が高まってく中、先斗町の住民や店舗の主人などが「先斗町は京都五花街の一つでありながら、本来の雰囲気・先斗町らしさに、さまざまな今風のものが付着し、大切な江戸時代から続く先斗町という景色を、自分達も、来訪者も見ることができなくなってしまった」との危機意識を共有、「本来の先斗町の様子を今一度つくり出していこう」という取り組みのため設立された。そして、「先斗町町式目」という「まちの誰しもが守るべき決まり事・自主規制」を策定し、路上喫煙・煙草のポイ捨て等の対策、屋外広告物に関しての取り組み、先斗町通り無電柱化事業などを進めてきた。

京都市と連携した同協議会のこれら景観づくりの取り組みが、本来的な雰囲気を町に取り戻すことに繋がっているのである。

先斗町は時代が進むにつれて、古っぽく、そして「本来」の姿を取り戻しつつある

似たような現象は北陸の古都、金沢でも見られる。金沢には東茶屋街、主計(かずえ)町、西茶屋街という江戸時代後期、明治維新時につくられた固有形式をもつ茶屋建築の街並みが歴史的中心部に位置し、維持されている。現在、これらの街を訪れると、江戸時代を彷彿させる洗練された街並みに感心する人は多いと思われるが、これも40年前に比べると随分と昔らしい景観へと進化?している。これら3地区は金沢市の条例によって伝統環境保存区域に指定されており、1989年から茶屋街まちなみ修景事業によって修景補助がなされている。それ以後、東茶屋街は1992年に伝統環境保存区域「東山区域」に、2001年には伝統的建造物群保存地区として指定される。主計町は1992年に伝統環境保存区域「主計町・彦三町区域」に指定され、1999年には全国で初めて旧町名を復活させる。西茶屋街は1992年に伝統環境保存区域「泉用水・野町区域」に指定され、2001年に「にし茶屋街地区まちづくり協定」が締結された。

これらの施策の積み重ねによって、さらにはこれら茶屋建築ではない地区においても、貴重な商家町家の保存がなされ、新たに飲食店・売店、ホテル等へと転用された事例もみられるようになっている。その代表的な事例が、主計町のそばにあった商家町家の志村金物店をリノベーションした八百萬本舗(2015年)や仏壇屋であった建物をリノベーションしたシェア型複合ホテル「HATCHi金沢」(2016年)だ。これらは、単体の町家保全だけでなく、金沢らしい町並みを維持することに繋がっている。リノベーションすることで、構造や機能の強化が補強されつつ、建物が刻んできた歴史やストーリー、佇まいは維持される。それは、まさに都市のアイデンティティの再定義とその強化であると考えられる。このような活動の結果、金沢はより「金沢らしい」都市へと変貌を遂げている。

主計町の町並み。ちょっと前に比べると、ずっと風情が漂い、郷愁を誘う景観へと進化?している

京都や金沢といった大都市だけではない。例えば奈良県橿原市の今井町や、京都府丹後地方にある伊根町、福島県の大内宿。これらの伝統的建造物群保全地区として知られる地方の町も一昔前より、はるかに「昔」っぽくなっている。それは、あたかも時は進んでいるはずなのに、逆回転したかのような印象を与える。そして、それはよりオーセンティックになっているとも言えよう。オーセンティックというのは難しい言葉ではあるが、ブランディングをはかるうえでは重要な概念である。次回はそれらについて紹介したい。

【参考資料】

小林史彦等(2002)「金沢市三茶屋街における居住世帯の特性と町並み・住環境・観光に対する意識の関係」『第37回日本都市計画学会学術研究論文集』

先斗町まちづくり協議会ホームページ (https://www.pontocho-kyoto.com)

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