意見と事実と解釈、ECFとEBPM・EBMー麗澤大学客員准教授 宗健
宗健氏

意見と事実と解釈


 新型コロナウィルスは世界に未曾有の被害を及ぼす緊急事態であり経済を犠牲にしてでも押さえ込まなければならない。そして自分自身の感染のみならず大切な家族を失わないためにも、外出の自粛や新しい行動様式に適応するよう努力すべきだろう。
 一方、本稿の執筆時点で一都三県の緊急事態宣言は未だ解除されていないが、厚生労働省の資料によると3月3日時点で50歳未満の感染者数は26万1670人(全体の60.5%)、死亡者数は76人(全体の1.03%)で、死亡率は0.029%である。なお、40歳未満の死亡者は合計で19名。実は、この死亡者数にはPCR検査陽性者が死亡した場合は、新型コロナが原因であったかどうかを問わず全員がカウントされている。
 ここから、若年層にとって新型コロナウィルスは極めて死亡率の低い疾患であり、外出等の自粛の効果は本人にとってはほぼ皆無だろうということがわかる。そして、合理的に考えれば、自粛が必要だとしてもそれは70歳以上の高齢者であり、若年層に自粛を求めないとすれば若年層と高齢者の接触を限りなく遮断する必要があるだろう、ということになる。 
 ここまでの3段落を読んで察しの良い方ならもうお気づきだろう。1段落目は意見、2段落目は事実、3段落目は解釈である。
 新型コロナの感染が広がった当初は事実が充分集まっていなかったため解釈ができず、強力な感染力と高い死亡率だったとしても対応できるだけの安全率を見込んだ「もしも」に備える政策を選択するしかなかった。そして、可能性としての危険性と、日本とは死亡率等が異なる諸外国の状況が大量に報道され続けたことで、いつしか経済を犠牲にしてでも緊急事態宣言等で対応するのが当たり前だという意識が社会に広く共有された。こうなってしまえば、毎日メディアで繰り返される「意見」に、「事実」も「解釈」も太刀打ちできない。

ECF


 意見ではなく、事実だとしてもその伝え方によっては、全体像を正しく伝えられないこともある。それが、ECF(Extreme Case Formulation:極端な事例による構成)と呼ばれる表現手法である。
 例えば、壊れそうな空き家を自治体が強制執行で撤去する事例を見つけてきて、「こんな迷惑な空き家がありました。行政が撤去することで周囲の住民は一安心です。より積極的な空き家対策が求められています」といったように報道することである。これは確かに事実を伝えているが、この事実を持って、空き家が社会問題だということにはならない。あくまで個別事例として問題があったというだけであり、そうした事例が全国に多数あるのか、それとも個別対応すればよい程度の量しかないのかが不明であるためである。
 こうした安易な個別事例の一般化による表現手法にも充分に気をつける必要がある。そして、ECFに影響された意思決定を行うべきでないことは言うまでもない。

EBPM・EBM


 近年は、政府や自治体の政策決定の手法として、EBPM(Evidence Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)が注目されている。
 これは政策決定を有力者の意見や利害関係者からの陳情、単なる多数決といったものから、事実やデータを元にして客観的に政策の優先順位決定や効果測定を行おうという試みである。企業経営の分野でも経営者の経験と勘に頼った経営の対極として、EBPMに近い概念として、EBM(Evidence Based Management:事実に基づいた経営)が提唱されている。
 ただし、一方で、ビジョナリーカンパニーに代表されるような個人の強力な理念によるイノベーションや、個人の突破力によって社会に大きなインパクトを与える事業やサービスが生まれることもある。そのような事例は、企業経営だけでなく、自治体経営や国家経営でも見られる。
だが、おそらく、EBPM・EBMも、個人のリーダーシップやビジョンに依存した意思決定も、どちらかが正しいというものではない。それは、そもそも未来を予測することが不可能であり、完全な合理的判断というものが存在し得ないからである。
 それでも、EBPM・EBMの要素に乏しい経験と勘による意思決定も、意思をできるだけ排除したデータによる意思決定も、どちらもまた存在し得ない。重要なのは、組織の状態と置かれた環境に応じた適切なバランスなのである。しかも、誰がEvidenceを集め意思決定に使える状態に処理するのか、という問題もある。
そうした能力は、経営者にもある程度求められるべきだと思うが日本では修士課程・博士課程といった高等教育を受けた経営者は極めて少なく、エンジニアではないホワイトカラーにもそうした人材は極めて少ない。

STEM教育の前に記述統計を


 近年はAIやDXに取り組む企業も増えており、教育の分野でも「これからはSTEM教育だ」とも言われている。「STEM」とはScience、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字を組み合わせたものだが、日本では高校2年で文系・理系を分けてしまう以上、STEM教育を社会全体に、というのは簡単にはいかない。それでも、実はビッグデータの処理や統計処理、その解釈といった実務ではSTEMはほとんど使わなくてもなんとかなることが多い。Excelよりも多少難しいソフトウェアをいくつか使えるようになり、ケーススタディを積み重ねれば、かなりのことをできるようになる。
 そして、統計学の基礎である平均・中央値・偏差値・相関係数等を扱う記述統計では、実務的には中学レベルの数学で実は充分である。ソフトウェアの進歩にも偉大なものがあり、ヒストグラムや散布図を書くのはExcelで充分で、回帰分析ですらExcelで実行できる時代になっている。
 「塊より始めよ」ではないが、これを読んでいる方も記述統計やExcelの勉強を始めてみてはいかがだろうか。実はYouTubeを少し探せば、そうした動画がすぐに大量に見つかる。
 そして、そうした少しの一歩が未来を変えるのである。 

2021/3/17 不動産経済FAX-LINE

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