気候危機:金融の中枢が動き始めた 国連環境計画金融イニシアティブ 特別顧問 末吉竹二郎

コロナ禍に翻弄された2020年だったが、気候危機に取り組む世界の金融の動きは止まらなかった。むしろ、金融の中枢が対応を一段と強化したように思われる。社会の基礎的インフラである金融が気候危機にどう立ち向かいつつあるのか、振り返ってみたい。

「サステナビリティ宣言」


 年明け早々の1月14日、米国を代表する資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンク(CEO)が世界を驚かせた。「A Fundamental Reshaping of Finance(金融の根源的な再構築とでも訳そうか)」と題した新年恒例の顧客投資家向け書簡の中で、これからはSustainabilityを投資の中核に置くと宣言したのである。彼いわく、気候変動が企業の長期業績を左右する重要な決定要因となった今、「気候リスクは投資リスク(Climate risk is investment risk)」だと。この宣言が800兆円という世界最大の預かり資産を誇る資産運用会社の、「お金だけから、サステナビリティへ」の投資哲学の宗旨替えだとすれば、世界の気候危機対応は強力な援軍を得たことになる。

英金融当局の決断


 中央銀行であるBank of Englandが国内の銀行の資産査定に気候リスクに基づくストレステスト(銀行資産の健全性審査)の導入をはかる*など、金融の中枢で気候危機への対応が抜きんでているのが英国である。その英国がまた大きな一歩を踏み出した。昨年11月9日、スナク英財務相が、英金融行為監督機構(FCA)を通じて、英企業に対して「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」に準拠した気候変動リスクの開示を義務付けると発表したのだ。まずは今年1月からロンドン証券取引所の上場企業(プレミアム区分の大企業等)を対象にいわゆる“comply or explain(遵守せよ、さもなくば説明せよ)”方式で始めると。そして、2025年には英国経済全体に完全義務化を広げる心算だと。
 FCAは金融危機を機に2012年末に成立した金融サービス法の下で、預金受け入れ機関などすべての金融機関の行為と健全性の規制を担う機関として翌13年4月に発足した。一方、TCFDは、企業等に気候変動がもたらすリスクと機会を「財務情報」として開示することを求めるものだ。2017年6月に始まるまでは余り関心を持たなかった日本だが、その後、賛同企業が急増し、数では世界トップレベルにある。とは言え、日本はまだまだ試行的導入の段階だ。それに比べ、公的機関が社会制度として導入し、しかも企業に義務化を求めるのが英国である。気候危機は世界共通の課題として皆が取り組むべきだが、国や企業にとってみれば、その取り組み姿勢がこれからの生き残りをかけた国際競争の結果を左右する。とすれば、日本と英国、どちらがこの競争に勝ち残れるのか。答えは明らかである。
 *昨年11月27日、ユーロ圏19カ国の中央銀行である欧州中央銀行(European Central Bank:ECB)がストレステストを2022年から正式に導入すると発表した。


汗を流す民間銀行

 金融を通じて温室効果ガス(GHG)排出削減に取り組む。口で言うのは簡単だが、実務としては甚だ難問である。この難問解決に自ら取り組んでいるのが、“the Partnership for Carbon Accounting Financials(PCAF)”である。「金融のための炭素会計パートナーシップ」とでも訳すPCAFは、2015年にオランダの銀行の提唱により始まった。投融資された資金が事業や企業活動を通じて排出するGHGを計測し開示するための炭素会計の世界標準化に取り組む金融機関の集まりである。
 パリ協定の実現に向けて、グリーンウォッシュ(上辺だけの欺瞞的環境訴求)を排除すべく、金融セクターの透明性と説明責任を確保するための炭素会計を目指すPCAFには、Bank of AmericaやMorgan Stanleyなど、資産総額が17兆ドルを超える80余りの世界の金融機関が参加し、昨年11月18日には、研究成果の第一弾として、初の国際標準(the Global Accounting & Reporting Standard)を発表したところである。残念ながら、ここにも日本の金融機関の名前は見当たらない。 

先を読む冷徹な株式市場

 昨年8月、ニューヨーク証券取引所から驚きのニュースが飛び込んできた。1928年からダウ工業株30種平均株価(以下、ダウ)に名を連ね続けてきた、あのエクソンモービルが同月31日付で姿を消すという。エクソンモービルと言えば、米国というよりは世界の石油産業を代表し、米国資本主義の花形であり続けた名門企業である。わずか10年前には、株価で世界最大の時価総額を誇った同社のダウの歴史があっさり閉じられたのである。
 もちろん、1896年に始まったダウの長い歴史の中で名門企業の名前が消えるのは決して珍しいことではない。むしろ、ダウの歴史は米国の産業転換を映す銘柄の入れ替えの歴史であった。事実、ほぼ一貫して名前が存在し続けてきた企業はわずか一社しかなかった。その貴重な一社とは創業があの発明王エジソンに遡るGEである。そのGEも2年前の2018年6月26日にダウから姿を消していたのである。GEとエクソンモービルが消えた背景にはさまざまな理由があるのだろうが、共通しているのは気候危機への対応ができなかったことではなかろうか。
 それにしても、名門企業さえもいとも簡単に名前が消されるのを見ていると、背筋が冷たくなるのは、株式市場の時代の変化を読み切る冷徹さと、時代が望まなくなればどんな名門企業であっても切り捨てる非情さである。これこそが長年にわたって資本主義経済を支えてきた株式市場の生命線なのであろう。改めて言うまでもなく、日本にも同じ資本主義の下で大きな株式市場が存在する。果たして、日本という国は気候危機対応で世界と伍し行くための冷徹さと非情さを持っているのか、暫し考えを巡らす時ではあるまいか。

おわりに

 さて、ブラックロックである。新聞報道等によれば、その後もラリー・フィンクの積極発言は続いているようである。いわく、「資金配分の転換の波が津波のように押し寄せている。10年以内に全ての投資をサステナビリティで判断する時が来るだろう」と。気候危機はもとより、さまざまな地球規模の課題解決が迫られている今、金融への社会的圧力が一層高まることを予感させる発言だ。
 では、日本の金融にはその準備ができているのか。社会の基礎的インフラとしての金融の存在意義が改めて問われている。

2021/1/13 不動産経済FAX-LINE

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